1-1 アノマリーの影、創世の素体
1-1 アノマリーの影、創世の素体
謎の敵性存在『アノマリー』に対抗するべく、天野財閥がその総力を挙げてベースとなる「素体(人造人間)」の開発へと舵を切ってから、ようやく完成の目途が立ちつつあった。
開発責任者であるクローディア・マリ・天野は、日夜この地下研究所で試験体の破壊・再生実験を繰り返していたが、物質としての限界に突き当たり、これ以上のドラスティックな進展は見込めそうになかった。人造人間の基礎構築データは十分に採取し終えた。
クローディアは、ここらで一度、停滞している政府からの本来の依頼内容へと、思考の主軸を戻そうと考えていた。
「――そもそもだ。ひ弱な人間に、あのアノマリーと対等に戦えるだけの兵器を持たせようという前提そのものが、根本的な間違いなのだよ」緑色に妖しく光る培養液のなかに沈む、無数の試験体たちを見上げながら、クローディアは忌々しげに愚痴をこぼした。
この途方もない研究に着手して以来、それはすでに彼女の逃れられない口癖と化していた。「ふふ、また同じことを言っているわ」コンソールを操作していた白川ゆりが、クローディアの毎度お馴染みのぼやきを耳にして苦笑を漏らす。
「はいはい、お嬢様。その前提が間違っているからこそ、今こうして私たちが常識を置き去りにして、この子たち(素体)を創り出しているんでしょう?」そう言って、ゆりもまた感慨深げに視線を上げ、水槽の中で眠る少女の姿をした試験体たちを見つめた。
政府から天野財閥に下された依頼内容は、あまりにも漠然としていた。
――『アノマリーに対抗し得る、絶対的な兵器を開発せよ』国家の命運を賭けたプロジェクトにしては、あまりにも丸投げで具体性に欠ける命令に、天才のクローディアでさえ毒づきたくなるのも無理はなかった。
しかも、兵器開発を進める上で最悪だったのは、研究対象であり超えるべき壁でもある『アノマリー』の生体サンプルが、この世界に「ただの一片」すら存在しないという点だった。
奴らは戦闘によって肉体が損壊し、形態の維持限界を迎えると、例外なく不気味な黒い粒子へと変化し、大気中へと霧散してしまうからだ。
政府直属の研究所に所属する頭の固いエリート科学者たちが、躍起になってサンプルを回収しようと防護服を着込んで最前線まで出張ったこともあった。
だが、得られた成果は文字通り皆無だった。「せめてあの消えゆく黒い粒子だけでも、直接この手で掴み取ってやる」と、防壁を飛び出しそうになった狂気的な研究員を、周囲の軍人が総出で羽交い締めにして止めた――などという、笑えない逸話が業界の裏で囁かれているほどだ。
だが、クローディアにはその無謀な研究員の気持ちが痛いほど理解できた。もし自分がその現場にいれば、間違いなく全く同じ愚行を仕出かしていたという絶対の自信があったからだ。アノマリーとは、一体何者なのか。
何の目的があって、この地球という惑星に現れ、人類を蹂躙し続けるのか。宇宙からの未曾有の外敵なのか、はたまた異次元からの冷酷な侵略者なのか。
世界中で無数の憶測や論文が飛び交っているが、未だ誰一人として、その凶悪な真実の輪郭にすら辿り着けてはいなかった。
――この地下室で、人類の禁忌に触れた二人の天才が、その運命の歯車を回し始めるまでは。




