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事件の初覚知から、およそ二十四時間が経過しようとしていた。ついに総理官邸から陸上自衛隊へと正式に防衛出動命令が下り、厳重に封鎖された繁華街の最前線には、完全武装した普通科(歩兵)部隊が到着を完了していた。


隊員たちは冷たいアスファルトに身を伏せ、対戦車無反動砲の重厚な砲身をそれぞれの標的へと向け、一斉射撃の配置につく。早急に、そして徹底的にこの国家の癌細胞を切り拓くべく、人類側の総力を挙げた最後の作戦が、今まさに決行されようとしていた。


挿絵(By みてみん)


これまでの一般警官隊の壊滅、そして最高精鋭たる特殊急襲部隊(SAT)の全滅という悪夢を経て、これ以上の敗北も遅滞も断じて許されない、文字通りの背水の陣。怪物の真の恐ろしさと「触れられたら終わる」という絶望的な情報を事前に叩き込まれていた隊員たちの表情は、一様に青ざめ、極限の緊張を隠しきれてはいなかった。


――しかし、その人類の命運を賭けた砲撃作戦が、実行に移されることは二度となかった。その瞬間は、あまりにも唐突に、そして不可解に訪れた。


つい先ほどまで、数千、数万の人間を無慈悲に融解捕食し、血の海のド真ん中で傲慢に佇んでいた五体の黒い異形たちが、突如としてその場で激しく身悶えし、狂ったように暴れ出し始めたのだ。スコープ越しにその異変を捉えた自衛隊の観測班に、強烈な戦慄が走る。


それは昨夜、SATの同時集中狙撃によって『頭部』と『右腕』を同時に破壊された個体が、殺意を覚醒させて暴れ出したあの最悪の挙動に酷似していたからだ。


(まさか、奴らのカウンター(一斉反撃)が来るのか――!?)指揮班からの攻撃開始の号令はまだ下りない。静まり返った死街のなかで、隊員たちが引き金にかけた指先を恐怖で震わせる、極限の膠着時間が流れていく。


だが、観測班が息を詰めてレンズを覗き込み、極限の精神状態で監視を続けるその最中――五体のアノマリーの動きが、まるで強制的に電源を切られたかのように同時にピタリと停止した。


直後、奴らの漆黒の肉物質の輪郭がドロドロと融解を始め、その体躯から膨大な「黒い粒子」が大気中へと激しく漂い出した。そして、自らの質量を維持できなくなった怪物の身体は、まるで砂の城が崩れるかのように、音もなく虚空へと消え去っていった。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


奴らがこの次元、この地球において、個体を顕現し続けられる物理的な限界時間を、完全に超過したのだ。直後、総理官邸の危機管理センターに、次々と通信が飛び込んでくる。現場を包囲していた機動隊の観測班、および重火器を構えて突入体制に就いていた陸上自衛隊の双方からもたらされたのは、信じがたい「敵のロスト」を告げる報告だった。


挿絵(By みてみん)


『――現場より全班へ。すべての対象の自律消滅を確認。繰り返す、目標は完全に消滅した』デパート内にいた無辜の市民を文字通り貪り尽くし、繁華街に本物の地獄をもたらし、国家の精鋭すら子供のように蹂躙した、あの圧倒的な絶対強者。奴らは一体何処から現れ、何のために人間を喰らい、そしてなぜ、これほどの爪痕を残して唐突に消え去っていったのか。


戦わずして災厄が去ったというのに、政府官邸のお偉方たちは、勝利の歓喜ではなく、底知れない未知への恐怖という「別の意味」で、頭を激しく抱え込むこととなった。


挿絵(By みてみん)


結局のところ、この世界を震撼させた漆黒の怪物たちは、この時、何一つとしてその正体が解明されぬまま、深い闇の中へと消え去ってしまった。次元の割れ目を強引に引き裂いて出現する、物理法則をあざ笑う理不尽なる破壊の権化。ただ圧倒的な恐怖と、底なしの絶望だけをこの地上に撒き散らして消える存在。


人類は、その計り知れない存在への深い畏怖と未来への絶望を込めて、後に奴らをこう呼ぶようになる。――『アノマリー(特異存在)』と。

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