0-15
事件の発生から、すでに二十一時間が経過していた。政府は国家権力を総動員して徹底的な報道管制を敷き、テレビやネット上の情報封鎖を試みていたが、未曾有の災厄が始まってから丸一日が経過しようとしているのだ。
正体不明の化物による、数千、数万規模の市民の大量虐殺。現場に臨場した数百名に及ぶ警察官たちの凄惨な殉職、そして最高精鋭たる特殊急襲部隊(SAT)の全滅――。
これほど血生臭く巨大な現実を「無かったこと」にする隠蔽工作は、すでに物理的な限界を迎えようとしていた。デパートの広大な周辺区域を包囲する厳重な規制線は依然として維持され、武装した機動隊の防壁が四方を固めるその空間だけが、都市のド真ん中で異様な「物々しい死の領域」を形作っていた。もはや、一分一秒の猶予もない。
総理官邸の危機管理センターに籠もる政治家たちは、ついに何らかの最終結論を叩き出さなければならない極限の状況に追い詰められていた。護衛艦による艦対地ミサイルの投入、爆撃機による市街地への空爆、あるいは主力戦車の都心展開――。
一晩中議論されたそれらの強硬策は、どれほど机上で検討しても、財政的破綻、外交的孤立、あるいは都市インフラの完全壊滅といった、国を滅ぼしかねない最悪の結果しか見えなかった。激しい困惑と妥協の末、政府上層部がようやく掲げた作戦ドクトリンは、最も古典的で、最も政治的リスクの低い力技だった。
――陸上自衛隊・普通科(歩兵)部隊を投入し、彼らが携帯する『対戦車無反動砲』による、超至近距離からの同時一斉掃射。無反動砲。それは本来、敵の戦車や装甲車両の強固な装甲板を文字通り撃ち抜くために設計された、生身の兵士が肩に担いで運用できる携帯型の強力な火砲である。
これならば、戦車という「国家の暴力の象徴」を街中に走らせる必要もなく、ミサイルのように座標指定の誤爆でビル街を消し飛ばす恐れもない。自衛隊の出動理由も、形式上は「激甚災害に対する治安維持および人命救助」という枠組みで、ギリギリの言い訳が立つ。
現在の歪な政治的背景を鑑みても、この「歩兵による重火器の飽和攻撃」あたりが、国際社会と国民の目を欺く上で最も妥当な限界点である――それが、凡俗な大人たちが命の損得勘定を弾いて導き出した、最後の回答だった。
その頃、政府官邸の人間たちの胃を焼き、頭を悩ませ続けている五体のアノマリーたちは、未だにSATが全滅したあのビルの周辺を執拗に徘徊していた。
朝の光のなか、奴らはどこか物憂げに、飢餓感を孕んだ緩慢な動きで、アスファルトの床を蠢いている。周囲の機動隊による規制線の包囲網はじわじわと広がり、報道の口を塞ぐリミットも秒読み段階に入っていた。
アノマリーの活動限界とされる「二十四時間」まで、残された時間はあと僅か「三時間」。
その静かなタイムリミットに向けて、重火器を抱えた防衛出動部隊の戦靴の音が、死街の向こうから不気味に響き始めていた。




