13B-05 『破滅の序曲』
13B-05 『破滅の序曲』
しかし――この対消滅炉が日の目を見ることはなかった。
それが宇宙の悪意によるものなのか、あるいは単なる悪夢のような偶然の産物だったのかは誰にも分からない。
実験を推し進めていた対消滅炉の真っただ中に、こともあろうに次元の裂け目が発生し、アノマリーが排出されたのである。
内部隔壁を一瞬で喪失した対消滅炉。そこに内包されていた途方もない高エネルギーは、当然のごとく狂暴な圧力となって外側へと一気に放出された。
炉の万が一の崩壊事故に備え、幾重にも施されていた堅牢な防護隔壁群をもってしても、その破天荒な破壊力を押し留めることなど不可能だった。
それが「次元の裂け目」という異次元の干渉と炉のエネルギーが引き起こした凄まじい相乗効果によるものだとは、誰一人として知る由もない。
なお、炉の内部へ排出されたアノマリーは、解放された膨大なエネルギーに晒され、叫びをあげる間もなく一瞬で融解・分子分解された。
この世界線のクローディア(マリ)たちは、あまりにも運がなかったと言わざるを得ない。
爆発的に膨れ上がったエネルギーは天野研究所の内部を蹂躙し尽くし、当然ながらマリやゆりが待機していた研究室もその爆風から逃れることはできなかった。
崩壊した瓦礫の中で、彼女は奇跡的に意識を取り戻した。
「ここは……一体どこで、何が……ぐっ……!」
何が起きたのか状況を把握しようと試みるが、身体に全く力が入らない。
床にうつ伏せのまま倒れ伏しているようだ。
全身が受けたダメージは深刻を極めており、自力で体を起こすことすら到底不可能な状態らしかった。
クローディア(マリ)は動かない身体を諦め、視線だけを動かして周囲を見回す。すぐ近くに、相方であるゆりも床へ投げ出されるように倒れていた。
彼女が生きているのか、すでに息絶えているのかすら判別できなかったが、掠れた声で呼びかけずにはいられなかった。
「やばいな……ゆり。大丈夫か……」
喉が焼けているのか声帯がうまく機能せず、かすかな声しか出ない。
頭上でアラートがけたたましく鳴り響いている。
視界の端にある割れたモニターを確認すると、そこには絶望的な表示が点滅していた。
――『対消滅炉、暴走状態』
一刻も早く手動停止させなければ……いや、もはや手遅れだろう。
何より、自分の身体は指一本動かすことすら叶わないのだから。
「くそ……あいつらめ、忌々しい……! ここで私も終わるというのか……」
遠のく意識の中で、クローディア(マリ)はこの惨劇を引き起こした元凶を必死に思い出していた。時間を少し巻き戻す。
それが数分前だったのか、あるいは数時間前だったのか――崩壊した感覚の中では、時間の概念すら曖昧になっていたが。
クローディア(マリ)とゆりは、いつものように地下研究所で研究作業を進めていた。
その時、突如として激しい揺れが研究所全体を襲ったのだ。
「む……地震か……?」
クローディア(マリ)が周囲に視線を走らせ、揺れを確認する。
「いえ、これは時空震反応! アラートが出ている……あいつらよ! 発生場所は……嘘でしょ、こ
こ!?」
モニターのデータを解析したゆりが、驚愕の表情を浮かべた。
「いけない、マリ! アノマリーが直接、炉の場所に出現しようと――!」
ゆりがマリへと警告を発しようとした、まさにその矢先の出来事だった。言葉を遮るようにして、凄まじい衝撃と灼熱の閃光が二人を丸ごと呑み込んだのだ。
研究中だった対消滅炉の中心点に時空震が発生し、アノマリーが出現。
その物理干渉によって炉の物理隔壁は一瞬で崩壊し、出現したアノマリーもろとも大爆発を引き起こした。
そしてその爆風が研究所全体を呑み込み――現在に至る。
(ゆり、すまない……。私の研究にさえ巻き込まなければ、こんな事には……。そして、今までありがとう……)
クローディア(マリ)は静かに深まる闇の中、倒れているゆりへ向け、届かぬ謝罪と感謝を念じながら意識を消失させていくのだった。




