12-16 操縦スティックとホバー滑走
12-16 操縦スティックとホバー滑走
さて――地上をハイスピードで疾走する車両(三輪バギー)形態の操縦はイメージしやすいが、「人型」に変形した後は一体どうやって動かすのか、疑問に思う方もいるだろう。
そこで登場するのが、あのパワーアシストスーツ「リフター」の時代からお馴染みとなっている、操縦士共通の定番操作スティックである。
人型への変形を完了した後は、操作軸を車体ハンドルから左右の操縦スティックへと切り替える必要がある。このスティック自体、機体が変形するシークエンスに合わせて、後方コンソールから「シュッ」と自動で滑らかに繰り出される機構となっていた。
左右のスティックを傾けることで、機体の旋回、前進、後退、そしてホバーによる横移動を行う。立体的な跳躍や急上昇も一応は可能だが、これは飛行ユニットではないため、あくまで「スラスターの瞬発力で一時的に浮くことができる」程度にとどまる。
ケルベロスの真価が発揮されるのは、やはり地上における圧倒的な機動性だ。
強化スーツ「アカサギ」と同様に高出力のナノホバーで滑走するため、巨大ロボットにありがちな
「のそのそと歩く」ような鈍重さは一切ない。その巨大な見かけによらず、すさまじい速度で戦場を滑走し駆け抜けることができるのだ。
……では、変形によって形成された「両腕」は一体何をするのか?
結論から言えば――手持ちの専用装備がない状態では、「何もできないし、何もしない」のである。
複雑な可変骨格機構を優先した煽りを受け、「アカサギ」のような強固なナノ構造による打撃・格闘機能は備わっていない。さらに内蔵火器も一切搭載していないため、丸腰のままで変形しても、まさにゆりの言う通り「ただ見た目の形が変わっただけ」なのだ。
実戦で運用するならば、大型のライフルや重火器を持たせ、ホバー移動の圧倒的な機動力で面制圧を試みるのが妥当と言えるだろう。もっとも、現時点ではそのための専用銃器を作る予定すら全く存在しないため、やはりゆりの指摘通り「わざわざ変形する必要性は一切なかった」と言わざるを得ない。
◇
テストコース上で人型へと姿を変えたケルベロスは、遥の冷静な操縦によって前進、後退、滑らかな方向転換といった基本動作を淡々と繰り返していた。
変形したことで各部装甲やフレームに干渉・過度な負荷がかかっていないか、すべての関節モーターが正常に連動しているかを確かめるためのテストだ。
試作機の開発とは、往々にしてそういうものである。机上のデータやCAD上の理論では完璧に動くはずでも、実際に現物を組み立てて動かしてみると、想定外の干渉やプログラムエラーが次々と噴き出してくる。今回はその問題点をすべて泥臭く洗い出すための、地道な作業であった。
「……変形に伴うメインフレームの破損や疲労は確認されないわ。各関節の可動時における動作エラーも、今のところログには上がってきていないわね」
ゆりはモニターを滝のように流れていく膨大なデータログを鋭い眼光で追いながら、静かに状況を口にする。
隣のクローディア(マリ)も同様に画面へ視線を注ぎ、機体の熱動態や各種バイタルを緻密にチェックしていた。
「出力バランサーも今のところ安定して推移しているね。……よし、もうちょっと激しく動かしてみようか!」
マリはマイク越しに遥へ指示を飛ばし、基本動作テストから一転して、高出力ホバーダッシュによる高機動回避テストへ移行するよう命じた。
指示を受けた遥は即座にスロットルを開き、足裏のホバーノズルから青白いプラズマを噴射させて激しい高速滑走を開始する。
直線での圧倒的な加速と伸びは完璧であったが――ハイスピードのまま急激な方向転換を試みた瞬間、機体の姿勢がわずかに崩れ、目視でハッキリと分かるレベルの「ふらつき」が発生した。
「……姿勢制御プログラムに問題があるわね。毎回、旋回からの立ち上がりで同じようにふらついているわ。遥の操縦ミスや入力ラグが原因ではないようよ」
ゆりがログの異常波形を指で示しながら、即座にマリへ報告する。
「了解。……ちょっと制御プログラムと姿勢抑制パラメータを書き換えてみるか」
そう呟くと、マリは首を左右に振って「コキコキ」と軽快に骨を鳴らした。
華やかなロボット変形というロマンの裏側にある、泥臭く地味なパラメータ修正作業の始まりであった。




