11-17 【1周17秒のハイペース】時速300km(F1級)で繰り広げられる256人の地下サーキット
11-17 【1周17秒のハイペース】時速300km(F1級)で繰り広げられる256人の地下サーキット
搬入道路はいまや、256人の遥たちによる過酷かつシュールなガチレース場へと変貌を遂げていた。
「おっと、ここでゼッケンナンバー34番・遥選手、怒涛の勢いのイン突き追い上げだ! 一気に先頭集団へと追いつく勢いです! その前を立ちはだかるのはゼッケンナンバー151番・遥選手と、ゼッケンナンバー98番の遥選手――!」
(※なお、クローディア[マリ]の視界には実際の地下の様子は一切捉えられていないが、彼女はノリノリで脳内実況を展開している)
「ちょっと、マリ。何を一人で馬鹿な実況を始めているのよ」
隣の席で突如として始まった謎の実況放送に、ゆりは呆れを含んだ冷静なツッコミを入れる。
「いやぁ、モニターのログを見ているだけで何だか面白そうなことになってそうだからさ、こちらも雰囲気だけでも合わせて盛り上げようかと思ってね」
クローディアはそう言って片目をウィンクさせ、ゆりに悪戯っぽく笑いかけてみせる。
一見するとリラックスしたたわいない会話をしているようにも見えるが、二人の手が端末のキーボードから離れることは一瞬たりともなく、新たな飛行データを回収するためにせわしなく動き続けていた。
「しかし意外だよね。ゆりなら、こういう予測不能なハプニングが起きたら『即座に中断しなさい』ってすぐに止めに入るかと思ったのだけど」
クローディアは端末を操作しながらモニターの数値を覗き込み、ふと気になった疑問をゆりに投げかける。
「最初は、突然みんなしてレースみたいな事を始めたから強制的に止めようかとも思ったわよ。でも、相手があの遥だし、どうせ制御は完璧だから問題ないでしょ。それに、せっかく遥達が自発的に極限の負荷データを生み出してくれているんだから、これを機に耐久試験も兼ねてそのままデータを吸い上げた方が開発としては賢明だもの」
ゆりも手を休めることなく端末を叩きながら、あくまで合理的なトーンで淡々と答える。
二人がそんな会話を交わしているその渦中でも、地下の空間では256人の遥達が実に時速300km近い超高速で飛行を続けていた。それはもはや、現実のトップカテゴリーであるフォーミュラカーのレースの世界そのものである。
参考までに、現実世界の最高峰であるF1(フォーミュラ1)の最高速度は約350kmから380km(ストレートやサーキット環境による)。日本の最高峰であるスーパーフォーミュラは約300kmから320km、フォーミュラEは約280kmに達する。
航空機の世界や一般的なパーソナル飛行装置において、時速300kmという速度はちょうど新幹線の最高速度と同等であり、モータースポーツの最高峰に位置するスピードだ。しかし「航空機の巡航速度」という観点から見れば、むしろ低速・亜音速の範疇にしっかり収まっている。
直径約500m(周長1436m)の地下トンネル内であれば、時速300km(秒速約83.3m)の場合、わずか1周を約17秒という驚異的なハイペースで駆け抜けることになる。これだけの時間と空間があれば、超人的な身体能力を持つ遥達にとっては、障害物を避けるための十分すぎる認知・反射時間が確保できるというわけだ。
マッハ2(時速約2,400km)のような超音速域とは異なり、時速300km(マッハ0.25前後)は音速をはるかに下回る。
そのため、閉ざされたトンネル内で最も懸念される「強力な衝撃波」や、それに伴うコンクリート構造物の破壊・反射圧によるトラブルが発生することはない。たとえ密閉された地下トンネルであっても、気流の乱れや凄まじい風圧に完璧に耐えうるアオサギの装甲とフライヤー、そして何より進化した肉体を持つ遥達であれば、物理法則上の破綻や危険性を何の問題もなくクリアできるのだ。
要するに――彼女たちにとっては、命がけの実験というよりも、ただ退屈を紛らわすための日常のワンシーンに過ぎなかったのであった。




