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事件の初覚知から、すでに三時間は経過していただろうか。現場一帯にはついに完全武装した機機動隊が投入され、地獄絵図と化したデパートの広大な周辺道路には幾重もの頑丈な規制線(イエローテープ)が敷かれていた。


挿絵(By みてみん)


パニックに陥った群衆は強制的に排除され、一般市民がこの領域へ立ち入ることは物理的に不可能となっていた。そして、この国家規模の未曾有の災厄に対し、ついに警察の最終兵器――特殊急襲部隊(SAT)の出動要請が下された。SAT(Special Assault Team)。


全国の主要警察本部に僅か三百名程度しか配置されていない、警察警備部の最高峰に位置する対テロ・重大武力犯罪対処専門の精鋭部隊である。要請の引き金を引いたのは、管轄する都道府県の警察本部長だった。壊滅した所轄の警察署長からの悲痛な具申を受けた、異例の超法規的判断。


だが、今回彼らが対峙するのは、思想を持ったテロリストなどの「人間」ではなく、人間を融解捕食する正体不明の怪物だった。漆黒の特型防弾衣を身に纏い、現場へ急行する隊員たちの表情には、流石に隠しきれない困惑と緊張が色濃く浮かんでいた。


今回動員されたのは、基本単位となる1個班・約二十名。彼らは指揮班、突撃班、そして狙撃班へとそれぞれ役割を割り振られ、物言わぬ死街と化したデパート周辺へと静かに展開していく。実戦ドクトリンに基づき、部隊の半数を占める十名の狙撃班は、二人一組(ツーマンセル)の計五小隊に分かれて周辺ビルの屋上へと音もなく配置についた。


挿絵(By みてみん)


引き金に指をかけ、スコープ越しに対象を追う『狙撃手(シューター)』。そして、その傍らにぴったりと寄り添い、高倍率の望遠レンズ(スポッティングスコープ)で戦場を監視する『観測手(スポット)』。


観測手は、標的までの正確な直線距離、絶えず変化する街風の風向き、風速を瞬時に計算し、ささやき声で狙撃手へと伝える。すべては、狙撃手がただ「標的を撃ち抜くこと」だけに全神経を集中できるようにするための冷徹なシステムだ。発射後に弾丸がどこへ着弾したかを見極めるのも、彼らの重要な職務であった。彼らが選んだ獲物は、ドイツ製の半自動狙撃銃『H&K PSG-1』。


日本の警察が誇る、SAT仕様の極限のカスタマイズが施された最高峰の精密狙撃兵器だった。作戦の骨子は、彼らにとって決して複雑なものではなかった。


アノマリーの圧倒的な近接捕食能力(死の抱擁)を完全に警戒し、PSG-1の有効射程距離の限界線である、遥か「七百メートル」の後方からの超遠距離隠密狙撃。一体の同じアノマリーに対して、複数のライフルの弾道を同時に、かつ一寸の狂いもなく交錯させ、その強固な肉体結合を遠隔から一気に撃ち砕いて無力化する。


それが、天才ふたり(クローディアとゆり)が後にレポートで確認することになる、人類の放った最初の組織的反撃の全貌だった。ガラスの破片が散乱する地上の道路では、五体のアノマリーたちが、どこか所在なさげに、意味もなく徘徊を続けていた。


先ほどまであれほど大量に溢れ返っていた「新鮮な餌」は、すでに奴らの体内に吸い込まれたか、あるいは規制線の向こうへと消え去ってしまっている。自分たちが短時間でどれほど大量の命を消費し、貪り尽くしたか。そんな事実すら棚に上げ、アノマリーたちはただ、本能の空腹を満たすための次なる獲物を探し、首のない頭部を動かしていた。


奴らの行動原理は、どこまでもいたってシンプル(捕食と生存)だった。そんな怪物たちの隙を、周辺のビルから虎視眈々と見下ろし、十字のレティクル(照準線)の中心に捉え続けるSATの鋭い眼光。


「各班、照準固定。――目標、連動して完全破壊せよ」無線機から漏れ出た、冷徹な作戦開始のシグナル。静寂に包まれた街の空気を切り裂く、歴史的な「狙撃の合図」が、今まさに最前線へと鳴り響いた。

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