8-19 「盾は投げて飛ばすもの、そして乗って飛ぶものだ!」〜マリの暴走思想〜
8-19 「盾は投げて飛ばすもの、そして乗って飛ぶものだ!」〜マリの暴走思想〜
「まだだ! まだ終わらんよ!!」天井は一文字に切り裂かれて割れ、防壁はズタズタに引き裂かれ、床のコンクリートには巨大なクレパスのような地割れが開いている。
そんな試験場の地獄絵図のような惨状を目の当たりにしながら、クローディア(マリ)は怯えるどころか、むしろ目を爛々と輝かせて大興奮の声を上げていた。そのすぐ隣では、溢れる粉塵の中でゆりが両手で深く頭を抱え、絶望の表情を浮かべていた。
「何なのよ、これ……! どうしてただの『盾の実験』をしていて、ここまで試験場が滅茶苦茶に破壊される事態になるのよ!!」ゆりの嘆きは、誰がどう聞いても至極真っ当な正論であった。しかし、マリのロマンの暴走はこれだけでは止まらなかった。
試験場の中央、まだ実験を行っていなかった3人目の遥が、最後の大楯のギミックを静かに起動した。次の瞬間、巨大な大楯の裏面に仕込まれていた【ナノ・スラスター】の全ノズルが一斉に激しい点火火花を吹き上げた。
凄まじい爆音と共に、目にも止まらぬ超音速の推進力を得た遥は、大楯を前面に構えたまま弾丸のような速さで突撃し、正面の防壁へと激突した。ズドォォォン!!と、試験場全体を揺らす凄まじき崩落音が響き渡り、防壁にまたしても巨大な大穴が開く。
(ああ、今回も壁に刺さって終わったのね……)と、ゆりが白目を剥きかけたその時、大穴を開けられた壁の奥から、平然とした遥のインカム音声が響いてきた。
「システム、飛行形態へ移行します」
「……え?」ゆりが声を失った瞬間、防壁の土煙を突き破り、驚くべき光景が飛び出してきた。先ほど壁に激突したはずの遥が、横倒しに水平展開した大楯の平らな表面の上にすっと仁王立ちになり、スラスターの推力を巧みにコントロールしながら、悠々と空中を滑空して飛び出てきたのである。
そのバランスの取り方と体重移動のモーションは、さながら大海原の波の上を滑る「サーファー」のそれと全く同じ動きであった。大楯のサーフボードに乗った遥は、試験場の上空で華麗に縦回転を決めると、呆然と立ち尽くすマリとゆりの眼の前へとフワリと着地してみせた。
「大楯ユニット、初期実戦評価試験――問題なく完了しました」遥は元の無骨なシールドの形に戻した大楯を小脇に抱え、素顔のままいつも通り涼しい顔で淡々と報告するのであった。
「問題だらけよ、遥!! 今すぐその大穴を開けた壁と天井と床を直しなさい!!」ゆりの怒号が響き渡る。指示を受けた遥は「分かりました、ゆり」と静かに一礼し、すぐさまナノマシンによる修復作業へと取り掛かった。ゆりは肩を激しく上下させながら、隣の天才の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄る。
「ちょっと、マリ!! 何をどういう風に設計したら、ただの防具のテストでこんな天変地異みたいな惨状になるのよ!?」
「いやぁ……さっき、最初の通常テストの時にさ。遥が盾をパージしてブン投げているのを見ていたらね、急に来たのだよ! 『盾は投げて飛ばすもの、そして乗って飛ぶものだ!』と、私の工学的な本能が魂の底から叫ぶのだよ!」
「そして出来上がったのが、あそこへ転がっているあれら(失敗作)ね……」ゆりは、床に置かれた魔改造シールドの残骸を冷たいジト目で睨みつけた。
「いい、マリ? 落ち着いてよく私の話を聞きなさい。どうして防具であるはずの盾が『超高速回転』し、『10mの光の剣』を放ち、挙句の果てに『空中を飛行』するのよ。意味不明なのよ。……盾っていうのはね、相手の攻撃から身を固めて、ただ大人しく体を守るための『板』のことなの!! 回転もしないし、剣も出ないし、空だって絶対に飛行しないの!!」
「盾はただの板である」という、世界の軍事・工学における至極真っ当な大正論。しかし、そんな人間の常識(定義)を、最凶のロマン思想で180度置き去りにしてしまった相棒の奇行に対し、ゆりは本当に勘弁してと天を仰ぎたくなる気持ちを抑えきれないのであった。




