7-17 「誰も壁に刺さっていない!」感動の実地テスト
7-17 「誰も壁に刺さっていない!」感動の実地テスト
「――マリちゃん、ゆりちゃん。本当にお疲れさん!」WEB会議のウインドウが立ち上がると、メインモニターの向こう側で、満面の笑みを浮かべた製造部門の責任者――渡辺譲司が画面いっぱいに呼びかけてきた。
「やぁ、ナベさん。お疲れ様」「お疲れ様です、ナベさん」画面の前で並んで座るクローディア(マリ)とゆりも、それぞれ安堵の混ざった挨拶を返す。
「二人とも、以前に色々と頼んだのも確かだけど……。まさか、ここまでのものを仕上げてくるとはさすが天野グループが誇る天才二人組だね! さっそく現場にデータを送ったのだけど、評判がうなぎ上りだよ! とくにインナーのスーツの快適さが格段に上がったとかでね」ナベさんのその弾んだ報告を聞いて、二人は心の中で(やっぱりね……)と確信し合った。
どうやら二人の推測通り、あの新型スーツに書き換える前は、社内の屈強なテスターたちも装甲の内部で漏れなく全員茹だるようなサウナ地獄に陥っていたらしい。
「そして極めつけが、この操作性の向上さ! 見てくれ、誰も壁に刺さっていないんだよ!」ナベさんは興奮気味に、手元の屋内訓練場の最新実地テスト映像を画面共有で流し始めた。
そこには、新しくロールアウトされたばかりのダークブルーの『アオサギ』や漆黒の『クロサギ』、そして出力リミッターを最適化されて生まれ変わった白い『シラサギ』を纏ったテスターたちが、人間の自然な歩幅とトップスピードで、互いに連携を取りながら滑らかに訓練場を駆け回る姿が映し出されていた。
映像を見る限り、以前のように異常加速で壁に突っ込んで上半身をめり込ませる者も、天井のコンクリートに脳天から深く突き刺さる者も、測定装置を力任せに完全破壊している者も、ただの一人も居なかった。最高峰のシラサギすら完璧に御し、誰も怪我をせず、誰も自滅していない。
操縦者がスーツのスペックを完全にコントロールできているという、客観的に見れば至極当たり前の光景なのだが、以前の大惨事を知っているナベさんからしてみれば、それは何故か大感動ものの奇跡の映像なのであった。しかし、二人からしてみれば、これは感動でも何でもなく、単なる自分たちのうっかりミスのツケをお片付けしただけに過ぎないのだ。
遥にテストさせたためパワー制御の甘さ、スーツが過酷なダイエットスーツ(笑)。突ッ込みどころ満載の、当の本人が欠陥品と認めた数々の失敗作を修正した結果だった。そのため、大喜びするナベさんに対し、ゆりとマリの二人からは、ただひたすらに顔を引き攣らせた乾いた笑いしか出ないのであった。
「いやぁ、ナベさんに喜んで貰えたなら良かったよ。はは、ははは……」
「特にこのアオサギだったね! いやぁ、これは売れるよ。ミドルレンジのこのクロサギもいい感じだしね。コスパがシラサギに比べると格段に良いんだから」
例えるなら、最高峰の『シラサギ』が、各自動車メーカーの技術の粋を集めたフラグシップになる一番値段の高い自動車。
性能と価格のバランスが最も安定している『クロサギ』は、頑張って何年かローンを組んで購入できる中間の自動車。
安全第一で製造コストを削ぎ落とした『アオサギ』は、誰でも気安く購入出来る大衆車。
ひとしきり、完璧に出揃った三羽の鷺の製品カタログを前に、満面の笑みで喜びを報告していた渡辺譲司だったが――次の瞬間、彼はフッとその笑顔を消し、急に真面目な態度へと変わった。
その突飛な態度の変化に、研究室の空気の重さが一瞬にしてガラリと変わったのを、ゆりとマリの二人は肌で敏感に感じ取った。
「……さて。良い報告は、ここまでだ。二人にはまたお願いしたい事があるのだよ」そう言って渡辺譲司は、フッと画面越しに凄まじいプレッシャーを漂わせながら、おもむろに机に両肘をついて指を組み合わせ、自身の口元を覆い隠すように顎を乗せるポーズをとった。




