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バックヤードへ繋がる重い扉をすり抜けながら、柿谷修は猛烈な後悔の念に苛まれていた。
店長は自分に向かって、何が起こったのかその目で確認してこいと言い放った。あの時、我先にとエスカレーターを駆け下りていたあの客たちの波に混ざって、そのまま外へ逃げ捨ててしまうべきだったのだ。それはそうだろう。具体的に何が起きているのかは分からないが、あの売り場には「確実に、絶対にヤバい何か」がある。
あの群衆の狂乱ぶりは、ただ事ではなかった。そんな危険極まりない場所へ、一体何が悲しくて自ら戻らなければならないのか。いっそこのまま職場を放棄して逃げ出しても良かった。だが、店員としてのちっぽけな責任感というものが、彼に「まずは店長へ状況報告を」という生真面目な行動をとらせてしまった。
そんな自分を褒めるべきなのか、それとも愚かだと貶めるべきなのか、柿谷にはもう分からなかった。しかし、ここまで来てしまった以上、もう引き返すという選択肢は残されていないことだけは、冷酷な現実として理解していた。
柿谷は、心臓の嫌な鼓動を抑えながら、婦人服売り場へと繋がるバックヤードの連絡通路を一人、静かに戻っていく。
普段であれば、そこは店員たちが忙しそうに行き交う賑やかな通路のはずだった。台車に大量の段ボールを積んで運ぶ倉庫スタッフや、ハンガーラックにぎっしりと新作の服を掛けて移動するフロア店員の姿が絶えない場所。だが今は、人っ子一人いない。
自分の履いている革靴が、コンクリートの床を叩くコツコツという虚しい足音だけが、不気味なほど通路の奥へと響き渡っていた。どれほど進んだだろうか。歪に曲がった通路の先、その『影』は突如として視界に現れた。
黒い人影のようにも見えた。それは、誰もいないバックヤードの通路の真ん中に、ぽつんと直立していた。
デパートのバックヤード通路というものは、華やかな店舗フロアとは違い、従業員が移動するためだけの無機質な空間だ。そのため、無駄なコストを省くために照明は最低限しか点灯されておらず、所々で古びた蛍光灯がパチパチと頼りなく明滅しているだけだった。
歩行に支障がない程度の、妙に薄暗くどんよりとした明るさ。柿谷はゴクリと唾を飲み込み、フロアの状況を聞き出そうと、その人影に向かってゆっくりと足を進めていく。
「あの……すみません。フロアで何かトラブルでも――」だが、距離が縮まるにつれて、彼の声は喉の奥で引き引きと凍りついた。それは、ただの不審者などでは決してなかった。黒い『何か』だった。確かに、大まかなシルエットは人間の形を模しているのだろう。
しかし、決定的に、何から何までがおかしかった。目が、無かった。口が、無かった。鼻も、耳も、何一つ存在しなかった。人間の顔面であるべき場所に、あるべきパーツが何一つ存在しない、光を吸い込む漆黒の肉物質。
そののっぺりとした底知れない顔の輪郭は、対峙した人間の脳から瞬時にすべての理性を剥ぎ取り、ただ純粋な「恐怖」と「絶望」を与えるには、あまりにも十分すぎる異形であった。




