第八話 咲良の「はじめて」
進学先も決まった。 翔太も納得し、同じ高校へ進むことになった。
受験勉強をしていたある日だった。
何の前触れもなかった。
当然だ。
そんなものが事前に連絡してくるわけがない。
いや、今朝から、体調は少し悪かった。
廊下を歩いていた時だった。
「……ん?」
ふと足を止める。
違和感があった。
下着が湿っている。
足元を見ると、一筋赤い血が廊下に垂れていた。
何かケガか病気か、三秒ほど考えて納得した。
結論はすぐ出た。
「生理か」
五十二年間生きてきて、初めてだった。
なんせ少し前まで成人男性だったのだから。
当然、自分の生理は初めての経験だった。
キッチンでは恵子が昼食の準備をしていた。
「母さん」
最近ではこの呼び方も慣れてきた。
「なに?」
恵子は包丁を止めた。
「生理用品はあるか」
変に濁しても伝わらないかもしれない。
正直、遠回しに言う余裕はなかった。
だから、単刀直入に聞いた。
「それなら洗面所の棚のところにあるわよ」
「使わせてもらう」
「そう」
それだけだった。
咲良は洗面所へ向かった。
棚を開ける。
あった。あったが。
でも、種類が多かった。
昼用。夜用。
羽つき。羽なし。
薄型。多い日用。
何が違うのか、どれを使えばいいのか分からない。
戻って恵子に確認してみた。
「母さん」
「なに?」
「これの選び方と使い方を」
「自分で調べなさい」
即答だった。
咲良は黙った。
五十二年間、分からないことがあれば調べろ。
そう家族にも言い続けてきた。
自分も分からないことがあれば調べてきた。
それが、今になって返ってきた。
正直、自分で調べるのも恥ずかしかった。
結局、助けを求めたのは美咲だった。
「美咲」
「何?」
「生理になったのだが。どれを使えばいいのか分からん」
「えー、咲良ちゃんも一つ大人になったね」
「冗談はいいから、洗面台に来てくれ」
美咲は棚を覗き込んだ。
「あー」
「何だ」
「ごめん、全部混ぜちゃってる」
しばらく物色する。
「まず聞くけど」
「うむ」
「お腹痛い?」
「いや、今はそれほど」
「量は?」
「知らん」
「そうだった」
美咲は額を押さえた。
「初回だもんね」
「初回だ」
「じゃあ一旦は夜用でいいか」
「違いは?」
「吸収量」
「ほう」
「夜用は夜中に変える必要がないように大きいの」
「なるほど」
「多い日はもっと大きいの使えばいいから」
「なるほど」
「あと羽つき」
「羽?」
「羽」
美咲は空箱を指差した。
「ずれ防止」
「そういうことか」
「だから今はこれ」
美咲は夜用の羽つきを選んだ。
「初心者向け」
「初心者向けという表現はどうなんだ」
「初めてなんだから初心者でしょ」
そういいながら微笑んだ。
「うっ」
何も反論できなかった。
その後。
「これをこうして」
「うむ」
「こう貼る」
「うむ」
「交換する」
「うむ?」
「捨てる」
「うむ……」
「分かった?」
「分かった」
少し考える。
「交換頻度はどれくらいだ」
「ん?」
「一日に何回交換すればいい」
「日によるけど」
美咲も考える。
「多い日は四回とか五回とか」
「そんなにか」
「そんなに」
「期間は?」
「私は大体は三日か四日かな。長くて、一週間くらい。個人差はあるよ」
咲良は黙る。
「それを、月一回?」
「月一回」
「毎月か」
「毎月」
さらに黙る。
「結構金がかかるな」
「そこ?」
美咲が額を押さえた。
「普通そこじゃないから」
「いや重要だろう」
「重要だけどさ」
「年間で考えると」
「計算しなくていい!」
美咲は即座に止めた。
「絶対計算始まったでしょ今」
「少しな」
「やめて」
五十二年間。
会社の経費を見続けてきた男だった。
どうやら、生理用品にも経営者目線は発動するらしい。
「咲良ちゃん」
「何だ」
「痛くなったら言ってね」
「痛くなっていない」
「今はでしょ」
「そういうものか」
「そういうものなのよ」
咲良は頷いた。
その夜、いつものように新聞を読んでいた。
「咲良ちゃん」
「何だ」
「大丈夫?」
「どうした」
「少し顔赤い」
「そうか?」
「そう」
咲良は新聞を畳んだ。
「美咲」
「ん?」
「ありがとう」
「……何が?」
「いや」
言葉が続かなかった。
美咲は少しだけ笑った。
「おやすみ」
そのまま自室へ戻っていった。
そして翌朝。
咲良は寝込んでいた。
「うう……」
「咲良ちゃん、大丈夫?」
恵子が心配している。
「すまん、少し寝かせてくれ……」
「あちゃー、あとからくるタイプか」
美咲はあっけからんと言う。
そういって部屋を出て行ったかと思うと、薬を持ってきた。
「はい、私も重めだから痛み止めは常備してるの」
「すまん……助かる」
「まあ初めてだからね」
美咲は苦笑すると、支度をして大学へ向かった。
そういって薬を飲んで、恵子が作ってくれた玉子粥を食べた。
薄味だったが、それがよく体に沁みた。
そして夕方。だいぶ体調も戻った自分は、食卓についていた。
今日は新聞も読む気が起きない。
「これは?」
自分は恵子に聞いた。赤飯だったからだ。
「いやぁ、咲良ちゃんのためよ」
「……そうか」
もしかしたら、自分の顔は赤くなっているかもしれない。
体調が悪いのとは別に火照った感じがする。
「……」
翔太は無言だった。当然だろう。
父親が生理だなんて、彼の立場を考えると同情するが、さすがにそこまで気を回す余裕もない。
「恥ずかしいな」
「……ふっ」
美咲が吹き出した。
恵子も笑った。
翔太は一人だけ視線を泳がせている。
「今の咲良ちゃんがそれ言う?」
「認めたくないな……」
「今さら?」
本音だった。
家族全員が笑った。翔太も苦笑している。
咲良だけが笑わなかった。
TSものを書くなら書きたい話の一つです。
生理用品について調べたり、知恵袋を読み漁ったりしながら書きました(中年男性が)。




