第四話 『佐々木公作』の死
戸籍の問題については、弁護士と行政の間で話が進められていた。
当然ながら前例はない。
役所も弁護士も何度も頭を抱えたらしい。
「で、どうなるんだ」
公作が聞く。
弁護士は疲れた顔で答えた。
「正直に申し上げると、正解はありません」
「だろうな」
「どの案も無理があります」
「それもだろうな」
最初に出た案は、戸籍上まったくの別人として扱う方法だった。
書類上、どことも繋がりのない新しい戸籍を作る。
新しい名前を作る。
新しい家族関係を作る。
法的には一番整理しやすい。
「だが、論外だ」
公作は即答した。
弁護士が瞬きをする。
「論外、ですか」
「ああ」
「理由を伺っても?」
「家族との繋がりがなくなる」
それだけだった。
父は亡くなった。
だが母はいる。
兄の清造もいる。
恵子もいる。
美咲も翔太もいる。
「書類上だけの話です」
弁護士は言った。
「戸籍上はそうでも」
公作は首を振る。
「嫌なものは嫌だ」
顔は変わった。
身体も変わった。
しかし、家族まで消えるわけじゃない。
「他人になる気はない」
弁護士は諦めたように息を吐いた。
「分かりました」
そして次に出た案が養子だった。
どこかの家の養女となり、新しい戸籍へ入る。
これも却下だった。
「それも嫌だ」
「何故です?」
「他人の養女になるのは嫌だ」
弁護士は額を押さえた。結局。
佐々木公作は死亡扱いとなり、新しく作られる戸籍に、
父・佐々木公作
母・恵子
の娘として入る案に落ち着いた。
つまり、自分と恵子の娘である。
「我ながら意味が分からんな」
「私も分からないわ」
恵子も頷く。
「急にこんなに大きい娘ができるなんてね」
「俺も自分が死んで自分の娘になった実感が持てない」
弁護士はその会話を聞いて再び頭を抱えた。
まあ行政はある程度柔軟に対応すると言っているが。
戸籍上の年齢も問題になった。
「十八歳では駄目ですか」
公作は言った。
一八歳だと少なくともすぐに働ける。
戸籍自体がない、今より自由だ。
だが。
「それは流石に無理があります」
「十七歳では?」
「それも難しいです」
「十六歳」
「まだ厳しいです」
「十五歳」
弁護士は少し考えた。
「その辺りが限界でしょう」
「では中学三年で頼む」
弁護士はまだ難しい顔をした。
「正直、見た目との整合性が……」
「何とかならんか」
「そこまでこだわる理由は?」
公作は答えた。
「早く働きたい」
公作は不満だった。
正直なところ、見た目だけなら中学一年生くらいにしか見えない。
中学三年生でもだいぶ盛っている方だ。
それは自分が一番よく分かっている。
しかし、中学一年と中学三年では大きな差がある。
社会へ出るまでの時間。
人生を立て直すまでの時間。
全部違う。
部屋が少し静かになった。
恵子も何も言わなかった。
会社を失ったばかりだった。
それでも、公作は次を考えていた。
何もしない人生など想像できなかった。
五十二年間ずっとそう生きてきた。
結果、新しい戸籍上の年齢は十五歳。
中学三年生になった。
そして。
佐々木公作は死んだ。
そのための葬儀も行われた。
近親者のみで行われた。
母。
兄の清造とその家族。
恵子。美咲。翔太。
それだけだった。
葬儀の前。
公作は控室の廊下にいた。
「公作」
振り返る。
母だった。
もう八十近い。
背中も少し曲がっている。
「母さん」
母はしばらく黙って公作を見て言った。
「慣れんなあ」
「俺もだ」
母は少し笑った。
「変だな」
「変だな」
二人とも同じことを言った。
そして母は言う。
「声も顔も変わっとる」
「うん」
「名前も変えるんだろ?」
「まだ、話し合っていないが、そうだな」
「それでも、公作は公作だ」
それだけだった。
公作は返事ができなかった。
「不思議なもんだなあ」
母は笑う。
「顔見ても分からん」
「うむ」
「声聞いても分からん」
「……うむ」
「でも公作だって分かるんだ」
母はそう言って頷いた。
「お前の母親だからかね」
その一言に少しだけ救われた気がした。
葬儀が始まる。
祭壇には遺影が飾られていた。
五十二歳の佐々木公作だった。
自分の葬式に自分が出席するのはなかなかない経験じゃないのか。
そんなことを考える。
読経が流れる。
母は静かに遺影を見ていた。
清造も何も言わない。
妻も子ども達も何も言わずにただ遺影を見つめていた。
火葬場へは行かない。
そもそも遺体がない。
骨になる人間もいない。
形式だけの葬儀だ。
それでも、これをやりたいと言ったのは公作自身だった。
会社を失った。
立場を失った。
名前も失った。
ならば、一度全部終わらせてから次へ進みたかった。
今までの自分と決別するために。
読経が終わる。
祭壇の遺影を見る。
五十二年間生きてきた男がそこにいた。
その顔を見ながら。
公作は静かに言った。
「俺の人生だったんだがな」
さようなら。
佐々木公作。
一人の男の人生が終わった。
そうして、一人の少女の人生が始まった。




