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第二五話 距離感

ひよりと悠真が付き合い始めてから一週間ほど経った。

梅雨も明けて、試験も終わった。

教室は夏休みの話題で持ち切りだ。

教室は平和だった。

大きな問題も無い。

本当に、問題は無い。


「悠真」

「ん?」

「これ美味しいよ」

「へえ」

ひよりが菓子を差し出す。

悠真がそのまま口で受け取る。

自然だった。


だが近い。


咲良は思った。


昼休み。

「この動画面白いよ」

「どれ?」

自分の席は悠真に譲った。

二人が机をくっついている。

肩がほぼ触れている。

お互いの口もかなり近い。


放課後。

「一緒に帰る?」

「帰ろうか」

当然のように並ぶ。手は繋いでいない。

つないでいないが肩が触れ合っている。

自分は一緒に帰っているが、数歩後ろを歩いて観察している。

「……」

どう見ても近い。

近いな。


文化祭前から仲は良かった。

それは知っている。

だが今は違う。

何というか、空気が違う。


高校生の恋愛はよく分からない。

だが、近い。


翌日の昼休み。

咲良は弁当を食べながらため息を吐いた。

咲良の席は例によって悠真へ譲っている。


いつもつるんでいるオタクと向かい合って座っている。

ため息を聞いたオタクが尋ねてきた。

「どうしました」

「いや」

少し離れているひよりと悠真を眺めながら言った。

「近いと思ってな」

オタクも視線を向ける。

ひよりと悠真。

二人は笑いながら話している。


「ああ」

妙に納得した。

「まあ、高校生の恋人ですから」

「そういうものなのか」

「そういうものですよ」

咲良は腕を組む。

「付き合う前から仲は良かっただろう」

「それとこれとは全然違います」

オタクは即答した。

「違うのか」

「違います!」

力強かった。

「空気の密度が違います」

意味が分からない。

「密度?」

「はい」

オタクは眼鏡を押し上げる、いつもの仕草を始めた。

「今の二人の周囲にはですね」

嫌な予感がした。

「恋愛空間が形成されています」

「形成されていない」

「形成されているのです」

「……そうなのか」

「そうなんです」

全く理解できなかった。だがその言葉は強く、納得してしまった。


しばらくして。

オタクが不意に聞いてきた。

「嫉妬ですか」

「違う!」

反射的に答えた。

「本当に?」

「本当に違う」

オタクは少し考える。


そして何故か目を閉じた。

「なるほど」

「何がなるほどだ」

「百合の花が目の前で摘まれてしまったような、喪失感ですね」

「違う」

何を言っているんだこいつは。

「幼馴染百合」

「違う」

そもそも今年の春あったばかりだ。

「親友百合」

「違う」

自分も親友を自認できるぐらいはある、が百合ではない。

「日常百合」

「違うと言っているだろう」

もう、眼鏡を叩き壊そうかな。

咲良にはそんな物騒な考えまで浮かんできた。

だが、オタクは止まらない。


「長い年月をかけて育まれた尊い百合の花」

「育まれていない」

本当に暴走している。

「それが異性恋愛によって散らされる」

「散らされていない」

「まさに無常」

「無常ではない」

「諸行無常」

「仏教用語を使うな」

周囲が笑い始めた。

オタクはさらに続ける。

「本来なら百合ルート」

「違う」

「幼馴染ルート」

「違うって」

「王道ルート」

「全部違う!」

「しかし運命は残酷」

「残酷ではない」

「人類はまた一つ百合を失った」

「失っていない」

「歴史的損失です」

「……」

もはや突っ込むことすら面倒くさくなってきた。

「文化財指定案件です」

「なあ」

「国宝級の百合が」

「やめろ!」

流石にそろそろ止まってほしい。

声を上げてしまった。

教室全体がどっ、と沸いた。

ひよりまで笑っている。

悠真も腹を抱えている。

目の前のオタクだけが真顔だった。

「私は真剣です」

「その話題でそう見えるのが一番問題だ」

さらに笑いが起こる。

咲良は深くため息を吐いた。


最近の若いやつは分からん。

恋愛も分からん。

百合も分からん。

オタクが一番よく分からん。


だが。


ふと視線を上げる。


ひよりが笑っている。

悠真も笑っている。


二人とも幸せそうだった。


近い。

本当に近い。


まあ、幸せそうだから。

本当にそれで良いのだろう。


そう思いながら。

咲良は呆れたようにため息を吐いた。


「しかし百合の花を失った代わりに、幼馴染カップルが成立したので総合収支はプラスと見ていいでしょう」

「収支とは何だ」

「感情の収支です」

「意味が分からん」

オタクを軽く小突いておいた。

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