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第二六話 図書室の先輩

ひよりと悠真は付き合い始めた。

正直、距離が近い。

実に近い。

高校生とは、若い子の恋愛とはああいうものなのだろうか。


未だによく分からない。

最近の若いやつは分からん。

そう思いながら、咲良は昼休みの図書室へ向かっていた。

高校に入ってからは何度か来ていた。

ひよりと悠真が付き合ってからは頻繁に来るようになった場所だった。

……別に二人の桃色空間から逃げているわけではない。


静かで落ち着く。

騒がしくもない。

蔵書数もそれなりにある。

素晴らしい。


教室も嫌いではない。

だが、少し疲れる時もある。

そんな時は図書室だった。


その日も歴史書の棚を眺めていた。

お気に入りの本を手にとろうとする。

「それ」

突然声がした。

「面白いか?」

振り返る。

男子生徒だった。

二年生。

制服の胸元には図書委員の腕章。

背は高い。翔太より頭一つ近く大きい。

整った顔立ちだった。

だが、どこか無愛想だった。

「面白いぞ」

咲良は本を持ち上げる。

戦国時代の資料集だった。

他の本にはない、各種人間関係を深く解説・考察している。

正直、マニア向けだ。


男子は表紙を見る。

「渋いな」

「そうか?」

「高校生では珍しい」

その言葉には聞き覚えがあった。

何度も言われている。

「最近は皆そう言う」

「実際珍しいからな」

男子はそう言った。

そこで終わった。

話を広げない。

愛想笑いもしない。

変に距離を詰めてこない。

不思議だった。


翌日の放課後、また会った。

同じく図書室だった。

さらに翌日の放課後。

またいた。


毎回いる。

話す。

歴史の話。

本の話。

授業の話。

それだけだった。

名前は黒崎玲司。

二年生。

図書委員。

それ以上は知らない。



だが、話しやすかった。

感性が似ているのかもしれない。

読む本の傾向も似ていた。


ある日、咲良は図書室で重い本の束を運んでいた。

「あ」

本が崩れた。

反射的に手が伸びる。

だが、本を持ちながらだと女子の手だと届きそうにない。


横からもう一人の手も伸びてきた。

玲司だった。

「大丈夫か」

「……問題ない」

「問題あるだろ」

本を拾いながら言う。

「本を持ちながらその手の長さだと届かないだろ」

すこし苦笑しながら言う。

「手が短い、と言いたいのか」

咲良は少し笑った。

そこで、自分でも少し驚いた。

最近はこうして笑うことが増えた。


玲司は図書委員の仕事をしていたらしい。

自分よりも多い本の束を抱えていた。

「手伝おうか」

何気なく言う。

すると玲司は首を振った。

「いや」

「自分でやる」

即答だった。

咲良は少し驚く。

高校生なら、もっと気軽に頼ると思っていた。

だが違った。

玲司は自分で本を持つ。

自分で運ぶ。

自分で終わらせる。

妙な意地を感じた。


「手伝わせた方が早いぞ」

「知ってる」

「なら」

「でも自分でやりたい」

それだけだった。

咲良は何も言えなかった。

その言葉が妙に印象に残った。

そして帰宅後。

夕食の席。

いつものように学校であったことを話す。


恵子が言った。

「最近図書室の話ばっかりね」

「そうか」

「そうよ」

美咲も頷く。

「確かに」

「気のせいだろう」

「気のせいじゃない」

美咲の反応は早かった。

そんなに図書室のことを喋っているだろうか。


「そういえば」

恵子が何気なく聞く。

「友達は結構できた?」

咲良は少し考える。

「ひよりと悠真は、おそらく友達と言ってもいいだろう」

「よかったじゃん」

美咲が答える。

「だが、彼らが付き合い始めたのでなかなか一緒に居づらくなってな」

「あとは……オタク?軽口を叩きあう仲だが、友達かと言われるとな……」

「なんだよそれ」

翔太が苦笑しながら答える。

「あとは、クラスメイトの皆はいい子ばかりだ」

目を閉じながら顔を思い浮かべる。文化祭でのことは記憶に新しい。

その後のひよりとギクシャクしていた女子グループとは完全に和解できた。

たまに勉強を見てあげる。そうして、女子の身だしなみも教えてもらっている。

「よかったじゃない」

恵子は元夫がクラスに馴染めて安心しているようだ。


「あとは」

最後に思い浮かべるのは、図書室の彼だ。

「友達かは知らん」

「でも」

言葉を探す。

「歴史の話の通じる子はいるな」

その時の咲良の表情を見て。

恵子が反応した。

美咲も反応した。

翔太は気付かないふりをした。

咲良は気付かない。


「へえ」

「その子も歴史が好きなんだ」

「一緒じゃん」

「図書委員で本を読む」

「うん」

「今の子なりに自分の考えを持っている」

「へえ」

「高校生とは思えん」

「すごいわね」

恵子が面白そうな顔をしている。

咲良はその顔を見て怪訝に思った。

「だから何だ」

「別に」

絶対何かある。

だが教えてくれない。

「名前は?」

「黒崎玲司、というらしい」

恵子と美咲がにやにやと顔を見合わせた。

翔太はなにか言いたげだったが、黙っておくことに決めたらしい。

咲良はやはり気付かない。

本当に気付かない。

「だからどうしたんだ」

「別に」

「……そうか」

そこで終わった。


夜、自室で借りてきた歴史書を開く。

だが。

ふと。

昼の会話を思い出した。

『でも自分でやりたい』

玲司の言葉だった。

最近の若いやつは分からん。

そう思う。

だが、あいつは少し面白いな。


そんなことを考えながら、咲良は本のページをめくった。

そして。

まだこの時の咲良は知らない。

黒崎玲司という少年が、これから何度も自分の考えを揺さぶることを。

そして。

人生で初めて、自分の恋愛感情に本気で悩むことになるのを。

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