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第二三話 人の気持ち

試験期間が近付いていた。

教室には問題集と参考書が増えている。

学生というのは不思議だ。

普段はあれだけ騒がしいのに、試験前になると急に真面目になる。


咲良も自席で勉強していた。

もっとも、勉強しているふりなだけだ。

最近は勉強より考え事の方が多かった。



「佐々木さん」

声を掛けられる。

顔を上げると、女子の一人だった。

先日から気になっている女子グループの一人だった。


「数学得意でしょ?少し教えてほしいな」

咲良は少しだけ考える。

正直、少し気が進まなかった。

だが感情で判断しても仕方ない。

断る理由も無かった。


「どこだ」

問題集を受け取る。

「ここなんだけど……」

数分ほど説明する。

女子は何度か頷き、やがて問題を解いた。


「あ」

正解できたようだ。

「できた」

少し嬉しそうだった。

「ありがとう」

咲良は軽く頷く。

女子は問題集を閉じた。


「佐々木さんって」

不意に言う。

「何だ」

「怒らなそうだよね」

咲良は眉をひそめた。

「怒るぞ」

今まさに少し怒っている。


女子は笑う。

「そうは見えないって」

それだけだった。

女子は自分の席へ戻る。


咲良はその背中を見送った。


その日の放課後。

ホームルーム。

担任が連絡事項を話している。

試験の日程。

提出物。

夏休み前の予定。

そんな話だ。


ふと、誰かが言った。

「最近さ」

教室のどこかから声が上がる。

「恋愛関係の話多くない?」

笑いが起こる。

担任まで苦笑した。

「まあ高校生だからな」

「恋愛するなとは言わんが、節度を持ってな」

さらに笑い声。


その時、咲良は何となく口を開いた。

「人の気持ちは重いぞ」

教室が少し静かになる。

「面白半分で扱うものじゃない」

大きな声ではなかった。

説教でもない。

ただ、事実を言っただけだった。


「伝えるのも勇気だ」

皆黙って聞いている。咲良は続けた。

「断るのも勇気だ」

教室が静かだった。

「だから外野は軽々しく口を出さない方がいい」

それだけ言う。


誰の名前も出していない。

誰も責めていない。

担任が感心した顔で言った。


「佐々木、急に大人みたいなこと言うな」

笑いが起きる。

空気も戻る。


だが、女子グループの数人だけは俯いたまま黙っていた。


翌日。

放課後となった。


皆帰っていった。教室には咲良しかいなかった。

その時、入口から小さな声が聞こえた。


「佐々木さん」

顔を向ける。

昨日の女子だった。

いや、彼女だけではなかった。

彼女のクループが全員いた。


何となく咲良には分かっていた。


「あのさ」

女子は言う。

「昨日の話なんだけど」

少し言葉に詰まる。



「私達」

視線を落とした。

「余計なことしたかもしれない」


沈黙。

咲良は何も言わない。

肯定はしない。否定もしない。

続きを待った。


女子は続ける。

「そんなつもりじゃなかったんだけど」

苦笑する。

「本当に断ると思わなかった」


後悔、それだけは本物だった。

咲良には分かった。


「子どもだな」

思わず口から出る。

女子は少し笑った。

「そうかも」

否定しなかった。


しばらく沈黙。

やがて女子は小さく聞いた。

「謝った方がいいかな」

咲良は少し考える。

だがすぐに首を振った。

「それは知らん」


「え?」

女子が驚く。

「私が決めることじゃない」

静かに言う。

「謝りたいなら謝れ」

「謝りたくないなら謝るな」

「ただ」

一度言葉を切った。

「決めるのはお前達だ」


女子は黙る。

やがて。

小さく頷いた。


その背中を見送りながら、咲良は窓の外を見る。


翌朝、ホームルーム前。

女子グループがひよりの席へ近付く。

皆どこか居心地が悪そうだった。

自分は隣の席で黙っていた。

「鈴木さん、ちょっと」

女子の一人が廊下へ連れ出す。

ひよりの顔はすこし怖がっているようにも見えた。

女子達は気づいていない。

咲良は助け舟を出した。

「私も行こう」

女子達が振り返る。

「別に構わんだろう」

女子達は黙って頷いた。


廊下の端で、女子達とひよりは向かい合って立っていた。

咲良は少し離れたところで黙って立っている。


やがて一人が口を開く。

「ごめん」

ひよりが顔を上げる。

「え?」

「私達が余計なこと言った」

小さな声だった。

誰も笑っていなかった。

誰も言い訳をしなかった。


ただ、謝った。


それだけだった。


ひよりはしばらく黙る。

そして、小さく笑った。


「うん」


それだけだった。

だが、それだけで良かった。


最近の若いやつは分からん。

本当にそう思う。


だが。

理解できないからといって、切り捨てていい理由にはならない。


少なくとも昨日よりは、少しだけ近付いた気がした。

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