第十九話 文化祭前日
文化祭前日。
教室は戦場となっていた。
段ボール。画用紙。テープ。
ペンキ。布。木材。工具。
あちこちに資材が散乱しており、皆その中で作業を進めていた。
「その張り紙曲がってる!」
「誰だテープ使い切ったの!」
「ペン貸して!」
「知らん!」
以前の学生生活でも、これほど熱量があっただろうか?
文化祭準備というのは、どうやら大変らしい。
咲良は女子執事喫茶コーナーの準備をしていた。
未だに意味は分からない。
だが、やるからには真面目にやる。
それが佐々木公作だった。
「佐々木さん」
ひよりが近付いてくる。
「何だ」
「これって、どこ置けばいいと思いますか?」
商品の看板だった。
咲良は周囲を見る。
人の流れ。席の配置。通路幅。
室内に置くには動線の確保が難しい。
注文列と退店客の動線のこともある。
数秒考える。
「入口近くに置いてくれ。ただ、人が通れるように塞がないように。
客が待機する時、入る前に一番目に着きやすいところだ」
「分かりました!」
ひよりが走っていく。
その時だった。
「やばい!」
男子の悲鳴が響いた。
騒がしかった教室が静まる。
全員が振り返った。
「どうした!?」
「材料が足りない!」
沈黙、裏方担当の男子が青い顔をしている。
「注文数間違えた!」
皆固まる。
「明日本番だぞ!?」
空気が凍った。
どうやら、装飾に使う布が圧倒的に足りないらしい。
朝の時点では足りる予定だった。
だが、寸法計算の時点でミスをしていた。
結果、必要量の半分しかなかった。
教室が一気に騒がしくなる。
「どうするの!?」
「今から買いに行く!?」
「もう近くの店閉まってるじゃん!」
声が飛び交う。
誰も冷静になれない。
「お前が準備したんだろ!どうにかしろよ!」
「これでも足りると思ったんだよ!」
設営担当と準備担当が揉めている。
やれやれ、と咲良は立ち上がった。
久しぶりだった。
こういう空気。
会社時代に工場の生産ライントラブル。
納期の遅延。急な仕様変更。そして、材料の不足。
何度も経験した。
トラブル対応は咲良の十八番だ。
「落ち着け」
かわいらしい、が低い声だった。
騒がしかった教室が静まる。
自然と全員がこちらを見る。
咲良は聞く。
「どれぐらい不足している?」
「……三十メートルだ」
「過剰はどれぐらい作れそうだ?」
「見積もって十五メートルかな」
咲良は考える。
「……そうだな。装飾で最優先にすべきところはそのまま今ある正規の布を使おう」
「客の目につかないところや見えずらいところは代用品として段ボールと紙で何とかする」
「どうしても目につくところは、すでに切り落とした布の端材を合わせて隠す。どうだ?」
沈黙。誰も考えていなかった。
咲良は周囲を見る。
段ボール。
模造紙。
余った布。
「全部持ってこい。設計図もだ」
十分後、設計図を前に即席会議が始まった。
「三十メートル分か」
咲良は設計図を見ながら呟いた。
工場勤務時代なら、もっと酷い案件はいくらでもあった。
台風で物流が止まったこともある。
原料製造の会社へ急に連絡がつかなくなったこともある。
納期一週間前に金型が破損したこともある。
あれに比べれば、布が三十メートル足りない程度で教室全体が絶望しているのは、少し新鮮だった。
咲良が設計図に線を引いていく。
「ここは見えないので、段ボールでいい」
「ここは客が通るが目につきづらい。端材で整えるだけでいい」
「ここは装飾優先だから正規の布を使おう」
各担当者に説明する。咲良の説明は分かりやすかった。
優先順位の選定、各種材料の指定。
専務になってからは 工場部門は部下に指示することが仕事だった。
分かりづらければ進捗や精度に関わる。
適度な指示が必要なのだ。
「なるほど!」
「それでいける!」
「足りるじゃん!」
絶望から希望へ。教室の空気が変わった。
皆、作業を再開した。
誰一人文句を言わない。
彼らにとっては文化祭が全てなのだろう。
取引先はいない。
売上もない。
クラスの命運がかかっているわけでもない。
だが、だからといって軽いわけではない。
この一日のために何週間も準備してきた。
放課後を削り、休日を削り、皆で作り上げてきた。
だから失敗したくない。
そういう顔をしていた。
二時間後。夜九時すぎ。
文化祭準備は無事終了した。
完成した教室を見る。
ちゃんと喫茶店になっている。
男子メイド喫茶と女子執事喫茶で各コンセプトで動線や装飾は分かれている。
調理場は共通だ。
その時、誰かが言った。
「やっぱ佐々木すげーな」
咲良が振り返る。
男子達だった。
「助かった」
「完全に終わったと思った」
「頭良いよな」
女子まで頷く。
「佐々木さんいなかったら終わってた」
「マジで」
「めちゃくちゃ頼りになる」
咲良は少し固まる。
褒められること自体は慣れていた。
上司。部下。取引先。
だがどこか、社内政治や取引の裏、利害関係があってのことだった。
だが、目の前にいるのは上司や部下、取引先ではない。
同じ学校の同級生なだけであった。
「そ、そうか」
少しだけ声が上ずる。
ひよりが見逃さなかった。
「照れてる」
「照れてない」
「照れてる」
「照れてない!」
悠真まで笑う。
「顔赤いぞ」
「気のせいだ!」
「いや赤いって……」
咲良は眉間を押さえた。
どうも最近、こういうのに弱い。
会社で追い求めていたのは成果だった。
数字だった。
利益だった。
だが、高校生達は違う。
もっと直接的だった。
「ありがとう」
「助かった」
「すごい」
それだけだった。
それだけなのに妙に嬉しかった。
帰り際、ひよりが言う。
「明日ですね」
「ああ」
「楽しみです」
「そうか」
咲良は完成した教室を見る。
文化祭。
男子メイド喫茶。
女子執事喫茶。
未だによく分からない。
だが、明日が少し楽しみだと思っている自分がいた。
最近の若いやつは分からん。
それでも。
最近の若いやつと一緒にいるのは、案外悪くない。
そんなことを思いながら、咲良は校舎を後にした。




