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第十七話 文化祭に向けて

ゴールデンウィークが終わった。

世間では連休明けらしいが、咲良にとっては特に変わらなかった。

そもそも高校生になってまだ一か月ほどしか経っていない。

休日も平日も、まだどこか落ち着かない。

ただ一つ分かったことがある。

高校という場所は、とにかく行事が多い。

そして今。

教室の黒板には大きくこう書かれていた。


文化祭企画

男子メイド喫茶

女子執事喫茶


咲良はその文字を見つめていた。

三十秒。

一分。

さらに見つめる。


そして。

「なんでだ」

思わず口から漏れた。

教室中が笑う。

「また言ってる」

隣のひよりが笑った。

「当然だろう」

咲良は真面目だった。

「理解できない」

「何がです?」

「全部だ」

即答だった。

「まずメイド喫茶になった理由が分からん」

「人気だったからです」

「そうか」

納得はしていない。


「次だ」

「はい」

「執事喫茶が追加された理由は」

「面白そうだからです」

「なるほど」

全然なるほどではなかった。

咲良はさらに黒板を見る。


男子メイド喫茶

女子執事喫茶


「なんでだ」

二回目だった。

「何がです?」

「逆ではないのか」

教室がまた笑う。

悠真まで吹き出している。


「普通はそうです」

「だろう」

「だから面白いんですよ」

「……」

意味が分からない。

会社で言えば、営業部と経理部の人員をごっそり入れ替えるような話だった。

「面白いから」

そんな理由で組織変更はしない。


だが高校生はするらしい。

すると女子の一人が手を挙げた。

「だって佐々木さんいるし」

「私か?」

「うん」

周囲も頷く。

「執事似合いそうじゃん」

「似合う」

「分かる」

「絶対似合う」

咲良は意味が分からなかった。

「私は女子だぞ」

「知ってる」

「女子だ」

「知ってるって」

話が通じない。


別の女子が続ける。

「だって佐々木さん、可愛いけど可愛い系じゃないもん」

「ほう」

「かっこいい系」

「そうか?」

「うん」

女子達が一斉に頷いた。

「小さいのに」

「なんか強そうだし」

「めちゃくちゃ真面目だし」

「執事感ある」

執事感とは何だ。

五十二年間生きてきたが、執事感を評価された経験はなかった。

いや、案外専務というものはそういうものかもしれない。


その時、教室の隅で本を読んでいた男子が眼鏡を押し上げる。

以前一度、調理実習で一緒になった男子だった。

「あー」

皆がそちらを見る。

「それは、ギャップ萌えです」

教室が妙に納得した。

「あー」

「それだ」

「分かる」

咲良だけがやはり分からない。

「詳しく頼む」

男子は少し嬉しそうになった。

好きな話題らしい。

「例えばですね」

「普段は冷静な人が慌てたり」

人差し指を立てる。

「怖そうな人が優しかったり」

そうして中指を立てる。

「強そうな人が意外と可愛かったり」

薬指を立てる。

「全部人気要素です」

「そうなのか」


そうしてもう片方の手の人差し指を一本立てる。

「見た目が可愛いのに」

「うむ」

そこに異論はない。

そして、中指を立てる。

「口調がおじさん」

「待て」

止まらず続けて薬指も立てる。

「そして、所作もどこか不器用」

「……」

「それが佐々木殿です」

自分は絶句した。

教室が頷く。

ひよりまで頷いている。

納得いかなかった。

男子はさらに続けた。

「新聞を読みますね?」

「読む」

「歴史書が好きなんですね?」

「まあ、好きだな」

「話し方が先生みたい」

「それはよく言われる」

「なのに見た目は美少女」

教室がまた頷いた。

「だから」

男子は少し熱が入ってきた。

「執事服を着ると」

「順当に『ギャップ萌え』が発生するのです」

教室が爆笑した。


咲良は眉間を押さえる。

「そんなものなのか」

「そんなものです」

「若い者の考えは難しいな」

「オタク文化です」

「もっと難しかった」

再び笑い声が起きる。


しばらくして、文化祭の担当決めが始まった。

ひよりも接客担当になった。

自分よりもっと小動物系だから別の意味でギャップがあるという理由だった。

こちらもよく分からない。

だが本人は嬉しそうだった。

放課後、教室に残って帰りの支度をしていると、ひよりが近付いてきた。

「咲良ちゃん」

「何だ」

「まだ気にしてます?」

「少しな」


自分が執事役。

未だに意味が分からない。

ひよりは少しだけ考えて、それから笑った。

「でも」

「ん?」

「私も接客係ですよ」

「そうだったな」

「だから」

小さく拳を握る。

「頑張りましょーね!」

その笑顔は受験会場で初めて会った時と変わらなかった。


特別な理屈はない。

説明もない。

ただ、一緒に頑張ろう。

それだけだった。


咲良は少しだけ笑う。

「そうだな」

「やります?」

「やるしかないだろう」

「はい!」

ひよりは嬉しそうだった。

咲良はため息を吐く。

文化祭は分からない。

女子執事喫茶も分からない。

ギャップ萌えも分からない。

何故自分が執事役なのかもよく分からない。


だが。

最近の若いやつは分からん。

その言葉の意味は少し変わっていた。

前は、

理解できないという意味だった。

今は違う。

分からない。

だから、

少し見てみたい。

そんなことを思いながら。

咲良は文化祭準備の輪の中へ入っていった。


ちなみに、男子メイド喫茶もやはり同時に開催するらしい。

こちらの先行きの方が不安だった。

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