第十六話 ゴールデンウィーク
ゴールデンウィーク初日。
咲良は眠れなかった。
時計を見る。
午後十時。まだ眠れない。
十一時。眠れない。
零時。日付は回ってしまったが、やはり眠れない。
「……何をやっているんだ」
小さく呟いた。
明日はひよりと出掛ける約束をしている。
別にデートではない。
ただ遊びに行くだけだ。
それなのに妙に落ち着かない。
まるで遠足前の子どもみたいだな。
そう思った瞬間、余計に眠れなくなった。
結局二時ぐらいに寝落ちしてしまったらしい。
翌朝。
咲良はクローゼットの前で固まっていた。
服が決まらない。
服はある。
問題はどれを着ればいいのか分からないことだった。
制服なら簡単だ。
会社員時代も簡単だった。
スーツやフォーマルなものを選べばいい。
だが今日は違った。
私服だ。
しかも高校生女子の。
「……分からん」
十分ほど悩んだ末に、助けを求めることにした。
リビングでは恵子と美咲が朝食を食べていた。
「どうしたの?」
美咲が聞く。
「服が決まらん」
二人は顔を見合わせた。
そして吹き出した。
「そんなことで?」
「そんなことではない」
咲良は真面目だった。
「今日はひよりと出掛ける」
「へぇー」
美咲の目が輝いた。
「デート?」
「違う」
即答した。
「ただ遊びに行くだけだ」
「ふーん」
全く信じていない顔だった。
数分後。
ベッドの上には服が並べられていた。
「これとかどう?」
美咲がスカートを持ち上げる。
春らしい色合いだった。
「履かん」
「可愛いのに」
「スカートは、履かん」
「私が買ってきたのに」
「絶対履かん」
即答だった。
制服以外でスカートを履くつもりはない。
絶対に。
「頑固だなあ」
美咲が呆れる。
恵子は少し考えた。
「じゃあ格好いい方向で行けばいいんじゃない?」
その結果。
黒のパンツ。
白いシャツ。
そこにオレンジ色の春物ジャケットを合わせた。
同じ色の帽子も合わせてみる。
鏡を見る。
落ち着いている。
というより少し大人っぽい。
「いいじゃない」
恵子が頷く。
「似合ってるわよ」
「そうか」
少し安心した。
待ち合わせ場所へ向かう。
ひよりは既に来ていた。
咲良は一瞬だけ固まった。
今まで、ひよりの制服姿しか見たことがなかった。
春らしい色の淡いピンクのワンピース。
小さな白いバッグ。
髪も少しだけ巻いている。
いかにも高校生らしい装いだった。
ひよりがこちらを見る。
そして。
「えっ」
今度はひよりが固まった。
「どうした」
「咲良ちゃん」
「何だ」
「すごいかっこいい」
ひよりは感心しているようだった。
咲良は少しだけ視線を逸らした。
そう言われることには慣れていない。
非常に慣れていない。
そもそも、家族に選んでもらった服だ。
「そうか」
「学校だと可愛い系なのに、今日は格好いいです」
咲良は咳払いをした。
「ひよりも似合っているぞ」
今度はひよりが固まった。
「急に褒めます?」
「本当のことだ」
「ずるいです」
意味が分からなかった。
その後はひよりの案内だった。
雑貨店へ行く。
服を見る。
文房具を見る。
アクセサリーを見る。
特に何かを買うわけでもない。
ただ見て回る。
「何をしているんだ?」
咲良は素直に聞いた。
「遊んでいるんです」
ひよりが答えた。
説明になっていなかった。
昼前。
「次行きましょう」
連れて行かれた先はプリクラだった。
咲良は知識としては知っていた。
だが利用したことはなかった。
写真を撮り、デコレーションもよくわからなったのでひよりに任せた。
数分後、写真が出てくる。
咲良は絶句した。
「誰だこれは」
「咲良ちゃんです」
ひよりが即答する。
「嘘だろう」
「本当です」
目が大きい。肌が綺麗。
何かがおかしい。
色々おかしい。
「詐欺ではないのか」
ひよりが腹を抱えて笑った。
「みんなこんな感じですよ」
「世も末ではないか」
さらに笑われた。
昼食は駅前のカフェだった。
高校生や大学生に人気の店らしい。
咲良にはよく分からない。
周りを見る。
学生ぐらいの子ばかりだった。
皆楽しそうに話している。
「高校生はこういう所が好きなのか」
「人によりますけどね」
ひよりがドリンクを持ちながら答える。
「正解はないのか」
「ないと思います」
即答だった。
「友達と遊べればそれでいいし」
友達。
その言葉を咲良は反芻する。
昔の自分はそんな風に考えただろうか。
少なくとも会社員になってからはなかった。
目的があった。
成果があった。
意味があった。
だが今は違うのは確かだった。
そこから、また駅前でショッピングを続けた。
ショッピングと言っても実際に買ったものは少ない。
でも、正直楽しかった。
気付けば夕方だった。
駅前、別れの時間となった。
「楽しかったです」
ひよりが笑う。
「ああ」
咲良も頷いた。
その言葉に偽りはなかった。
ひよりが手を振る。
「じゃあまた連休明けに」
「ああ」
ひよりはそのまま駆けていった。
咲良はその背中を見送る。
そして少し考えた。
今日一日。
雑貨屋を見て回った。
写真を撮った。
プリクラを撮った。
カフェで話した。
特別なことをしたわけではない。
それだけだ。
それだけなのに。
不思議と充実感があった。
高校生が友達と遊ぶというのは、こういうことなのかもしれない。
最近の若いやつは分からん。
流行も分からん。
プリクラも分からん。
映えるという感覚も分からん。
だが、少しだけ分かったこともあった。
ゴールデンウィークの一日を友達と過ごす。
ただそれだけのことが、案外悪くないらしい。




