第十一話 入学式(前編)
面談から少し日にちが経って、高校の入学式当日となった。
朝から佐々木家は少し落ち着かなかった。
理由は簡単だった。
「だから来なくていいと言っただろう」
玄関先で咲良が言う。
すると恵子は当然のように返した。
「娘の入学式なのよ?」
「中身は五十二歳だぞ」
「でも十五歳の娘なのよ」
即答だった。
明らかに詭弁だ。
だが、反論もできない。
結局、そのまま押し通られて恵子は同行することになった。
高校へ向かう車の中、恵子はどこか機嫌が良かった。
「楽しみね」
「何がだ」
「入学式」
「俺は緊張しているんだが」
「見えないわよ」
それはそうだろう。
銀行融資の交渉や取引先への説明会。
そういう経験をしてしまうと、高校の入学式で表情が変わることはあまりない。
だが、緊張はしていた。
何しろ、五十二歳でもう一度高校一年生になるなど想定した人生ではなかった。
しかも以前とは性別も違っていた。
校門が見えてくる。
校門前では新入生とその保護者が写真を撮っていた。
教師がそんな中、案内をしていた。
入学式らしい空気だった。
咲良は歩きながら掲示された校名を見る。
『県立大和高等学校』
高校生になった。いまだに実感はない。
そして。
「咲良ちゃーん」
恵子の声が響いた。嫌な予感がした。
カシャ。
「やめろ」
カシャ。
「記念だから」
カシャ。
「それぐらいで十分だろう」
カシャ。
「高校生になったんだから」
カシャ。
「だからやめろ」
恵子は全く聞いていなかった。
スマホを向け続けている。
咲良としては居た堪れなかった。
五十二年間生きてきている。
専務として、会社のパンフレットに載る写真を撮られたこともある。
新聞社の取材を受けたこともある。
だが、元妻の母親に連続で写真を撮られる経験はなかった。
その時だった。
「あっ!」
聞き覚えのある声。
振り返る。
鈴木ひよりだった。
「佐々木さん!」
満面の笑みで手を振っている。
そして、その視線が恵子へ移った。
スマホで写真を撮り続ける恵子。
それに嫌そうな顔の咲良。
全部見られた。
「……」
「……」
ひよりも少し固まった。
「咲良さんの、お母さんですか?」
「はい、咲良の母・恵子です♪」
「仲良しなんですね!」
「違う」
「違わないわよ」
恵子が楽しそうに言った。
咲良は額を押さえる。
「もうやめてくれ……」
「まだ撮るわ」
「やめてくれ」
「可愛いんだから」
「だからやめてくれ」
完全に子どもみたいなやり取りだった。
ひよりは笑いを堪えている。
非常に恥ずかしかった。
そのあと、恵子とともにひよりの母とも挨拶を交わした。
驚いたのはひよりの母も自分より身長が小さかったことだった。
……ひよりの今後の成長は期待できるのだろうか。
入学式そのものは滞りなく終わった。
校長の話は長かった。
来賓の話も長かった。
途中から咲良は、株主総会の来賓挨拶を思い出していた。
偉い人の長い話というのは立場が変わっても変わらないらしかった。
入学式終了後。
生徒達が一斉に立ち上がる。
ここからが新入生にとっての本番だった。
廊下の掲示板には人だかりができている。
クラス発表だった。
「見に行きましょう!」
ひよりが言う。
「うむ」
二人は掲示板へ向かった。
一年一組。
一年二組。
一年三組。
順番に見ていく。
「あった!」
ひよりが声を上げる。
「どれだ」
「ここです!」
指差す先を見る。
一年三組
鈴木ひより
佐々木咲良
同じクラスだった。
「同じクラスです!」
ひよりが嬉しそうに言う。
「そうだな」
咲良も少し安心した。
知っている顔が一人いるだけで気が楽になる。
それは高校生でも五十二歳でも同じらしかった。
その時だった。
「ひより!」
男子の声が聞こえた。
ひよりが振り返る。
その瞬間、表情が変わった。
さっきまでとは比べものにならないほど明るい。
「あっ!」
ひよりが声の元に駆け寄る。
そこには男子生徒がいた。
身長は高い。
運動部らしい体格。
爽やかな顔立ちだった。
「悠真!」
「久しぶり」
男子は笑った。
「同じクラスだな」
「うん!」
ひよりは本当に嬉しそうだった。
「幼馴染なんです」
ひよりが振り返って言う。
「小学校からずっと一緒で」
「そうか」
なるほど。
それであの反応か。
咲良は納得した。
だが、少しだけ気になることもあった。
ひよりが悠真を見る目だった。
親しい。信頼している。安心している。
ひよりの表情や視線からはそれは分かった。
ただ、それだけではないような気がした。
五十二年生きてきた人間の目から見ると、少し違って見えた。
だが、今は何も言わない。
「初めまして」
男子が言う。
「神谷悠真です」
「佐々木咲良だ」
軽く頭を下げる。
悠真も頷いた。
「よろしく」
「よろしく頼む」
握手を交わす。
その瞬間だった。
悠真の視線が一瞬だけこちらを見た。
観察するような目。
確認するような目。
何となく分かった。
この男子、ひよりのことを気に掛けている。
恋愛かどうかはまだ分からない。
だが、少なくとも気になる存在なのだろう。
「教室に行きましょう!」
ひよりが言った。
「そうだな」
一年三組。
それがこれからの自分の教室だった。
三十年間、会社には毎日通った。
だが、今から向かうのは高校一年生の教室だった。
そして。
そこには誰一人、佐々木公作を知らない。
知っているのは、佐々木咲良だけだった。
その事実は少し寂しくて、少しだけ自由だった。




