第十話 事前面談
合格発表から一週間後。
咲良は高校へ呼び出されていた。
入学手続きのためではない。
正確には、その前段階である。
「なんだかなあ……」
応接室へ向かう廊下を歩きながら呟く。
なんと、主席合格だった。
それ自体は驚くことではない。
むしろ当然だ。
五十二年間生きてきた人間が、中学内容の試験を受けたのである。
結果が良くない方がおかしい。
問題はその後だった。
入学判定会議で揉めたらしい。
当然と言えば当然だった。
学力だけで言えば主席合格。
戸籍上は十五歳。
しかし中身は五十二歳。
しかも地元企業の管理職。
さらに性別も変化している。
事前に、行政を通して伝えてもいいと了承していたのは自分だった。
だが、教師達も頭を抱えたそうだ。
そもそも、合格者の枠を一つ使っていいのか。
その議論まで出たらしい。
最終的には行政とも協議し、特例として受け入れることになった。
「学級運営に悪影響を与える可能性は低い」という理由だった。
そしてもう一つ。
「むしろ良い影響を与えるかもしれない」という意見が出たそうである。
咲良としては釈然としなかった。
「保護者枠みたいな扱いじゃないか」
思わずため息が漏れた。
高校生活を送るのであって、学年主任や担任の補佐になるつもりはない。
応接室の扉を開く。
中には二人いた。
四十代後半の女性、こちらが学年主任だろうか。
そして担任になる予定の三十代半ばくらいの男性教師。
事前に名前と概要だけが伝えられていた。その情報と認識が繋がる。
二人とも立ち上がる。
そして、一瞬だけ固まった。
最近の咲良には慣れた光景だった。
戸籍上は十五歳女子。
実際に見れば、当然だがどう見ても少女。
だが中身は五十二歳男性。
情報と認識のギャップで事情を知る初対面の人間は大抵こうなる。
「……佐々木さんですね」
一拍置いて、主任が言った。
「はい」
「どうぞお座りください」
咲良が座る。
教師二人も座った。
だが、妙に緊張している。
特に担任予定の男性教師。
顔が硬い。
銀行融資の面談かと思うくらいだった。
咲良は少し気の毒になった。
しばらく事務的な説明が続く。
制服のこと。校則のこと。
提出書類のこと。入学式のこと。
一つ面白かったのは、自分の成績に関しては『ほどほどにしてほしい』とお達しがあったことだった。
他の生徒の内申点にも関わるからだ。
自分も高校を出た後は今のところ、進学をする予定はない。
だが手を抜けということもなかった。
他の生徒の授業態度に影響するかもしれないからだ。
苦笑しながら頷いた。
一通り終わったところで、咲良がふと思いついたように聞いた。
「一つ聞いてもいいですか」
「はい」
主任が答える。
「お二人とも長く教師をされていますよね」
主任は二十年以上。担任も十年以上になるらしい。
「最近の若い子達について、どう思いますか」
主任と担任が顔を見合わせた。
少し意外だったらしい。
咲良は続ける。
「私はそれが知りたくて高校へ行くようなものなので」
本音だった。
最近の若いやつは分からん。
ここ二十年間は特に思っていたことだ。
今はその中に飛び込もうとしている。
だから聞いてみたかった。
その最も近いところにいる大人として、教師達の答えを。
最初に主任が答えた。
少し考えてから口を開く。
「毎年驚かされてばかりです」
穏やかな声だった。
「価値観も違いますし、考え方も違います」
「ほう」
「でも」
主任は少し笑った。
「やっぱり繊細ですね」
「繊細、ですか」
「はい」
頷く。
「強そうに見えても傷つきます」
「大人が思う以上に」
「だから守らなきゃいけない場面も多いです」
教師らしい答えだった。
優しい。
誠実でもある。
立派な先生なのだろう。
自分もそこに異論はなかった。
次は担任だった。
腕を組む。
少し考える。
そして。
「扱いづらいですね」
ばっさりだった。
主任が苦笑する。
咲良は思わず吹き出しそうになった。
「扱いづらい、ですか」
「ええ」
担任は平然としている。
「素直な子もいます」
「問題児もいます」
「大人っぽい子もいれば幼い子もいます」
「正直、何を考えているのか分からないことも多いです」
咲良は思わず頷いた。
それは妙に納得できた。
「毎年失敗します」
担任は続ける。
「分かった気になるんです」
「今年の子達はこうだと」
「でも全然違う」
「翌年になるとまた違う」
「だから最近は分かろうとするのを諦めました」
「ほう」
「本当に理解できるまで待ちます」
応接室が少し静かになった。
咲良は思った。
こっちの方が付き合いやすそうだな。
主任も確かに良い先生だ。
ただ、どこか模範解答のような回答だった。
それに比べると担任は正直だった。
若者を過度に美化しない。
かといって否定もしない。
分からないものは分からないと言う。
その姿勢は嫌いではなかった。
「佐々木さんはどうですか」
今度は担任が聞いてきた。
「同世代になるわけですが」
咲良は少し考えた。
窓の外を見る。
グラウンドでは部活動をしている生徒達が見えた。
走っている。
笑っている。
怒られている。
騒いでいる。
遠くから聞こえる声は、どこにでもある高校の風景だった。
「私も知りません」
咲良は言った。
「え?」
主任が少し驚く。
「私はここ三十年は」
少し言葉を探した。
「新しくとった子の上司となり、教育したり指導したりしてきました」
「ですが」
首を振りながら続ける。
「結局、分かったつもりだっただけかもしれません」
教師二人は黙って聞いている。
「だから」
咲良は続けた。
「見守っていこうと思っています」
「見守る?」
「はい」
「知ったつもりにならず」
「決めつけず」
「まず見てみようかと」
それは最近になって得た結論だった。
息子の翔太も。
娘の美咲も。
新しくできた”友人”のひよりも。
皆、自分が思っていたよりずっと複雑だった。
若者という一言で括れない。
当然だが、一人一人別の人間だった。
担任は小さく笑った。
「教師向きですね」
「やめてください」
咲良は即答した。
「もう管理職はこりごりです」
その瞬間、主任が吹き出した。
担任も笑った。
張りつめていた応接室の空気が、少し和らいだ気がした。
面談が終わり廊下を歩く。
高校生活まであと少し。
受験は終わった。合格した。
だが本番はこれからだった。
最近の若いやつは分からん。
その考えは今も変わらない。
ただ一つだけ変わったことがある。
前は理解できないと思っていた。
今は。
理解してみたいと思っている。
それだけで、少しだけ未来が楽しみだった。




