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第2話:願いの意味

 自分の心臓の音が、周囲に響き渡っているのではないかと思うほど、激しく胸を波打たせていた。


 百舌子が支えるユリナの身体は驚くほどに軽い。


 ユリナの鉤爪が地面を踏む音も百舌子の足音でかき消えるほど静かだ。




 遠くに見えていた揺れている光の輪郭が徐々に鮮明になっていく。


 セラは百舌子がいないことを知り、必死に探し回っていたようだ。


 百舌子の姿を捉えるなり、ランタンを揺らしながら、駆け寄ってきた。


 「モズコ! 自分の足がどんな状態か分かっているの!?手当てしたばかりなのに傷が開いたらどうするの?まともに歩けないはずなのに、どうして勝手に外へ……!」


 セラの声は、静まり返った夜闇に激しく響いた。 怒鳴りながらも、その手は反射的に百舌子のボロボロの体を支えようと伸びる。だが、ランタンの灯が百舌子の背後に潜むユリナを照らし出した瞬間、セラの動きが凍りついた。


「……あ、え……?」


 漆黒の獣耳、左右に揺れる尻尾。白く輝く大きな翼。そして、床を掴む鋭い鉤爪。


 人でもなければ、セラの知る魔物とも違う——あまりにも美しく未知なる存在。


 セラは息を呑み、思わず後ずさる。


「あ、あの……せ、セラ、さん、ち、がう……!」


 百舌子は、もつれる足を必死に踏み出し、ユリナの前に庇うように立った。言葉が喉に引っかかり、顔を真っ赤にしながらも、両手を広げてユリナを隠そうとする。その姿は、小さな雛が必死に何かを守ろうとしているかのようで痛々しい。


「この、子は……っ、わるい、こじゃ、なくて……っ! 私が、たすけ……っ!」


 吃り、涙目になりながらも退かない百舌子。


 その背中に、ふわりと温かな質量が触れた。ユリナが大きな翼を傘のように広げ、自分を庇う百舌子を後ろから優しく包み込んだのだ。


「……落ち着いてください、モズコ」


 鈴を転がすような、けれどどこか重厚な響きを持つ声がユリナの唇から漏れた。セラは弾かれたようにユリナの瞳を見る。そこには、知性と、深い感謝の色があった。


「私は、彼女に命を救われた者です。この姿があなたの目にどう映るかは分かりませんが……彼女を傷つける意図はありません。……私という命を繋ぎ止めるために、彼女は私に力を貸してくれたのです」


 セラは唖然として、交互に二人を見つめた。


「力?どういうこと……? あなたが、この子に助けられたっていうの……?」


「すみません、とりあえず百舌子の治療をお願いできますか?……正直、私にもよくわかっていないことばかりで」


 ユリナは百舌子の強張った肩をなだめるように、翼の力を緩めた。


「……そうね。まずは話を聞きましょう。……はぁ。わからないことだらけね……」


 セラは深く溜息をつき、ようやく強張っていた肩の力を抜いた。未知の存在への警戒は拭えなかったが、百舌子を守ろうとするユリナの仕草と、その言葉の誠実さを信じることにした。


「……はい、ここで立ち話をするのは終わり。モズコさん、あなたの足、また血が出てるじゃない。教会の中で手当てさせてね」


 セラは百舌子を長椅子に座らせ、ぬるま湯を浸した布で汚れを拭い始めた。


 傷口に触れるたび、百舌子はびくりと肩を揺らす。まだ怒られたショックが抜けないのか、あるいは自分でも説明できないことをしてしまった戸惑いからか、彼女は膝の上で握りしめた拳をじっと見つめていた。


 ユリナは、少し離れた場所に静かに腰を下ろした。百舌子の治療を妨げないよう、大きな翼を器用に折りたたみ、けれどその瞳は、熱心に手当てをするセラの手元をじっと見守っている。


「……ねえ、百舌子」


 セラが静かに声をかけた。


 傷口を洗い流したセラの指先が、百舌子の胸元——服の隙間からのぞく、青白い刻印の端をかすめる。


「前に手当てした時は、『刻印』なんてなかったわよね」


 百舌子は、言われて初めて自分の胸に手を当てた。


 触れるだけで何かが起きることはなく、それは静かに、けれど確かに百舌子の体の一部としてそこに居座っていた。


「あなたの、その……彼女を助けたいという、強い願いが形になったのかしら」


「……そう、かも……しれません……」


 問いかけに、百舌子は自信なさげに、小さく答えた。


 うまく言葉にはできない。けれど、あの時の「自分を変えたい」「助けたい」という切実な願いが、ユリナを救う結果に繋がったことだけは、はっきり分かっていた。


「そう……、私の刻印も「傷を癒したい」と思うことで、痛みを減らせるのだけれど……ユリナさんの出血具合から見て、それほどの傷を治せる刻印なんて聞いたこともないわ」


 セラは、ユリナの血に濡れ、無惨に裂けた服をまじまじと見つめた。


 これほどの出血。どれほどの痛みと絶望があったのか、想像するだけで胸が詰まる。だが、それを一瞬で消し去り、傷ひとつない身体へと治してしまった目の前の少女は、一体何者なのか。


「……はぁ。もう、本当に何が何だか分からないわ」


 セラは考えるのをやめたように首を振ると、乱暴に手桶を片付けた。


「とりあえず、そのボロボロの格好をどうにかしなさい。……ユリナさん、あなたの服は、私の予備をなんとか直して用意してあげる。……奥の部屋で、二人とも体を拭いておいてくれる?」


 セラは裁縫道具と手桶を準備して足早に去っていった。


 セラが甲斐甲斐しく動き回る音を聞きながら、百舌子は隣に座るユリナをそっと見上げた。




 


 ランタンの柔らかな光に照らされる一室で、百舌子とユリナは二人きりになった。


 沈黙の中、ユリナは当然のことのようにベッドの端に腰を下ろすと、百舌子をじっと見つめた。


「モズコ。……この服を、脱ぐのを手伝ってくれる? 私には、細かく動かせる「指」がありませんから」


 それはお願いというよりも、従者に命じるかのような自然な響きだった。


「あ、……は、はい」


 百舌子は短く返事をするのが精一杯で、緊張で震える指先をユリナの首元へ伸ばした。


 ユリナはしなやかな動作で翼を持ち上げ、百舌子が作業しやすいように身を委ねる。


 百舌子が首元の銀のボタンに触れると、至近距離でユリナの白い肌が露わになった。


 血の匂いに混じって、ユリナ自身のものと思われる、ひどく濃密で甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 百舌子が脇に手を通し、重厚な翼をそっと支えて布を滑り落とした瞬間、羽毛の驚くほどの柔らかさと、力強い命の熱が腕に伝わってきた。


「……っ」


 思わず息を呑む。目の前には、傷ひとつない、月光を反射するような完璧な背中。


 ユリナは恥じらう様子もなく、ただ百舌子が服を脱がせ終えるのを静かに待っている。その無垢でいて傲慢なまでの振る舞いに、百舌子はめまいを覚えるような心地がした。


「あの、それと体を拭くのをお願いしてもよろしいでしょうか……?」


 ユリナの声は、少しだけ恥ずかしそうに小さくなった。


「私には、翼があって上手く拭けないので……」


 ユリナの身体を変えてしまったという負い目もあって百舌子は頷くことしかできなかった。


(人の身体を見てるだけで緊張するのに……でもこれは、私がやらないといけないことだよね)


 百舌子は頷き、セラが用意してくれていた手桶に布を浸した。濡らした布を絞り、ユリナの背中にそっと当てる。布越しに伝わる体温に、百舌子の心臓が跳ねた。


 翼の付け根を避けるように、肩から背中へ、丁寧に拭っていく。思ったより柔らかい。触れるたびに、ユリナの肌が微かに震える。


 これから毎日することになるかもしれないんだから、慣れるべきだ。そう自分に言い聞かせるけれど、目の前の白い背中を前に、呼吸の仕方すら忘れそうになる。


「あ、あの……前も……?」


「ええ、お願いします……」


 


「モズコ? あんまり見つめられると流石に照れてしまいます……」


 ユリナが恥ずかしそうに顔を背けた。紫色の髪が肩から滑り落ち、うなじが露わになる。


「ごっごめん! つ、続けるね……」


 百舌子は慌てて布を動かし始めた。翼の付け根、脇腹、腰のラインと順番に拭いていく。


 そして目の前で露わになっている胸に差し掛かった。


「んっ……」


 ユリナが声を漏らした声に百舌子は慌てて手を止めた。


「大丈夫です……、少しくすぐったかっただけですから……」


(……何その反応!?そんな反応されたら余計に、恥ずかしくなる……)


 触れるたびに、ユリナが小さく息を吸う音が聞こえる。その反応一つ一つに、百舌子の顔はどんどん熱くなっていった。 


――その時トントンとノックが響いた。


「ひゃい!」 


 心臓が跳ねる。セラの来訪はわかっていたはずなのに、後ろめたさからか声が上擦ってしまった。 


「お待たせ。……あら、準備はいいみたいね。簡単なものしかできないけど、これならその……翼でも着られると思うわ」


 セラはそう言いながら、ユリナの翼が邪魔にならないように布を巻き、背中の紐を編み上げていく。


 それは服と呼ぶにはあまりに簡素で、太めの帯を胸元に巻きつけるような、あるいはドレスの身頃だけを切り取ったような衣装だった。


 「……どうでしょうか。こんなに心細い布きれ一枚しか纏えないなんて。……少し、面映いですね」


 着替えを終えたユリナが、心許なげに自分の翼を前で合わせ、胸元を隠すように丸まった。


 月光に照らされたユリナが、頬を赤らめているのがわかる。


 さっきまでの凛とした佇まいはどこへやら、視線を彷徨わせ、羽毛の端で自分の肩を覆おうとする。


 その仕草に、百舌子は、心臓が口から飛び出しそうなほどの衝撃を受けた。


 自分が彼女の腕を奪い、こんなに危うい格好にさせてしまった。その罪悪感と、不謹慎なまでに「可愛い」と思ってしまったときめきが混ざり合い、視界が明滅する。


「に、似合って、ます……! すごく、綺麗、です……!」


「……そう。モズコがそう言うのなら、信じることにしましょう」


 ユリナは小さく吐息をつくと、止まり木を探す鳥のように、部屋の隅にある椅子に腰を下ろした。


「あ、あの……ユリナさんは、寝ないの……?」


「……あなたが、眠りにつくまでは。この姿で横たわるのは、まだ少し……慣れが必要そうですから」


 百舌子は、逃げるように自分のベッドへ潜り込んだ。毛布を鼻先まで引き上げ、暗がりの中でユリナの気配を追う。


 椅子の上で翼を器用に折りたたみ、静かに目を閉じるユリナ。


 時折、羽毛が擦れる「サッ」という重厚な音が響くたび、百舌子の胸はきつく締め付けられた。


(眠れるわけ、ないよ……)


 けれど、昨日の激動と、ユリナから放たれる不思議な温もりに当てられ、百舌子はいつの間にか泥のような眠りへと落ちていった。





「――起きてください、モズコ」


 翌朝、耳元で囁くような美しい声と柔らかな羽の感触に、百舌子はゆっくりと意識を浮上させた。


 薄いカーテン越しに差し込む朝日は眩しく、一瞬、ここがどこか分からなくなる。けれど、見上げた先にあったのは、いつもの古びたアパートの天井ではなく、見知らぬ石造りの高い天井だった。


 身体の傷の痛みが、昨日の一連の出来事は夢ではないことを実感させた。


「おはようございます。朝ごはんが用意できていますよ。セラさんが呼んでいます」


 覗き込んできたユリナの顔が、驚くほど近かった。


 百舌子が起きるのを待っていたようで、百舌子をじっと見つめていた。肩から伸びる大きな翼が、百舌子の寝ていたベッドを囲うように、朝の光を遮っている。


「あ、おはよ、……う、うん。すぐ、行くね」


 ユリナが身を引くと、その肩から伸びる白い翼がバサリと大きな音を立て、風を運んできた。


 百舌子は慌てて起き上がり、食堂へ向かった。


 食堂の扉を開けると、そこには、あまりに場にそぐわない光景が広がっていた。


「……あ、お先にいただきてまーす。早く食べないと冷めちゃいますよ」


 不機嫌そうにティーカップを置いたのは、昨夜飛び去ったはずのエリスだった。


 その正面には、すでに席についているユリナ。


 彼女は翼を器用に折りたたんで椅子に収まっている。


「……座って、モズコ」


 ユリナは、どうしても自分では引き寄せられない器を前にして、百舌子が隣に座るように促した。


 百舌子は吸い寄せられるように、彼女の隣に腰を下ろす。


「あ、モズコさん、おはよう! ほら、女神様もお待ちだったのよ」


 セラが厨房から、パンが入った籠を抱えて現れた。


 エリスはフン、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「待ってなどいませんが。ただ、危なっかしい人たちがなにかやらかさないか、監視しに来ただけです」


 ユリナは両翼で持ちにくそうにパンを掴んで食べて、少しだけ肩をすくめた。


「モズコ、すみませんが食べるのを手伝ってもらえませんか?」


「……あっ、ごめんなさっ……」


 百舌子は反射的に立ち上がり、ユリナの近くに座り直した。


「……謝る必要はありませんよ、モズコ。とはいえ、何か考える必要がありますわね」


 


——食堂では、パンをちぎる音と、食器の触れ合う音だけが響いていた。


「……それで。その子をどういう存在だと思えばいいのかしら?」


 セラはユリナの向かい側の席に座り、時折、彼女の巨大な翼や腕のない肩を、確かめるように盗み見ては視線を逸らしていた。昨夜助けたとはいえ、人から外れた存在への困惑は、まだ彼女の中に根深く残っているようだった。


「えっ……あ、あの……」


「モズコさんは何も分かっていないのですよ」


 百舌子が言い淀むと、ユリナが静かに助け舟を出した。


「彼女の『刻印』が私に何をしたのか。……そして、今の私がどのような状態なのかも」


「そうですね。頭が追いついていないあなたに教えてあげましょう」


 エリスはカップを置き、百舌子の胸元を指差した。


「あなたの刻印は、本来潰えるはずだった肉体を、周囲にあった別の命の血肉を材料にして、物理的に『再構築』し、定着させたのです。」


「それって……ユリナさんの意識は、ユリナさんのままなの……?」


 百舌子が震える声で尋ねると、エリスは鼻先で笑った。


「ええ。幸いにも意識——他の魂までは混ざっていないようです。もしそこまで侵食されていたら、今頃彼女は言葉も話せず、獣のように喚いていたかもね。」


 百舌子は想像を絶する恐怖を感じて、震えて俯いた。


「……肉体の再構築、ですか」


 ユリナは自分の白い翼を見つめ、納得したように頷いた。


「今はまだ、馴染みのない借り物のような肢体です。ユリナ、あなたが生き延びるためには、その身体を使いこなしなさい。魔素を隅々まで循環させなければ、いずれその肉体は拒絶反応を起こして自壊するかもしれません。……私が昨夜の間に導き出した結論です」


「ユリナさんって飛べるのかな……?」


 百舌子はふと頭に浮かんだ疑問を小声で呟いた。


 ユリナは静かに自分の翼を見つめて、すこし空を煽いで風を起こした。


「……そうですね。やってみましょう」


 




 教会の裏庭に出たユリナが翼を大きく広げると、周囲の草花が激しくなびいた。彼女は一度空を仰ぐと、地面を蹴り、全力で羽ばたく。


 バサァッ! と重厚な音が響き、一瞬、身体が宙に浮いた。だが、直後にバランスを崩し、前のめりに転倒しそうになる。


「大丈夫!?」


 駆け寄る百舌子に、ユリナは苦笑いしながら翼で身体を支えた。


「思ったより難しいですね。……でも、浮力は感じられました。少し、ここで練習を続けてもいいですか?」


 その真剣な眼差しを見て、百舌子は頷くしかなかった。横で見ていたセラが、百舌子の肩を叩く。


「ユリナさんはそのまま練習してもらっていいわ。モズコ、私の仕事を手伝ってくれる? その後の買い物にも付き合ってもらえると嬉しいのだけど。それに……ユリナさんの服についても考えないとね」


 ユリナを一人残すのは不安だったが、彼女のこれからの生活を考えると、いつまでもセラの厚意に甘えるわけにはいかない。百舌子は小さく頷いた。


 


 この教会は貧しい人々にとっての診療所も兼ねている。セラが怪我人の手当てをする傍らで、百舌子は指示されるまま包帯を切り、薬草をすり潰した。


「次は、この煎じ薬を表通りの雑貨屋まで届けてきて。緑の瓶の看板だからすぐわかると思うわ。それが終わったら、今日の仕事は一区切りよ」


 セラから薬瓶を受け取り、百舌子は教会を出て表通りへと向かった。


 石畳の両脇には鍛冶屋や道具屋などが軒を連ね、活気ある声が響いている。


 百舌子には人々の話し声や視線が、まるで自分を糾弾する囁きのように聞こえて、思わず視線を足元に落とす。


 雑貨屋に飛び込むように入り、震える手で薬瓶を差し出した。


「あ、あの……これ、セラさんから……」


「ああ……セラの使いか?ご苦労さん」


 物珍しそうに百舌子の黒髪を見つめる店主が、手間賃の硬貨をカウンターに置く。百舌子はそれをひったくるように掴むと、礼もそこそこに店を飛び出した。




 配達を終えて教会に帰った後、セラに連れられて市場の端にある小さな仕立て屋に入る。


「ティエル?お願いがあるんだけど……」


 セラと同年代の女性店主が、セラの頼みを聞いて目を丸くした。 


「教会に採寸に? 別にいいけど……。セラ、あんたまた変な仕事を引き受けたんじゃないでしょうね?」


「……いいから。お願い、信用できるのはあなただけなの」


「分かったわよ。明日、道具を持って伺うわ。……でも、特注なら手間がかかるからね? 代金はちょっと多めにもらうわよ?」


「じゃあ、お願いね。……」


 店を出る際、セラは棚の分厚いローブを指差した。


「それと、これも買っていくわ。ユリナさんを外に連れ出すときに、体を隠せるものが必要よ」


 買い取ったローブは、百舌子が抱えるとずっしりと重かった。


 


 必要な買い出しが終わり、教会に戻った。


 ユリナは大きく羽ばたき、安定して数メートルの高さを旋回できるようになっている。


「モズコ!見てください!こんなに飛べるようになりましたよ!」


 ユリナが見せた笑顔につられて、百舌子もなんだかうれしくなる。


 着地したユリナは、息を整えて言う。その額には、大粒の汗が滲んでいた。


「はぁ……でも、思っているより体力を使いますね」


 喜びも束の間、彼女の尻尾は垂れ、伸びる翼は時折、ピクピクと不規則に痙攣している。


「……無理は、しないで。ユリナさん」


 百舌子は抱えていた重いローブを傍らに置き、駆け寄ってユリナの身体を支えた。


 抱き寄せたユリナの身体は、百舌子の想像よりもずっと熱く、そして柔らかかった。


「……モズコ。大丈夫です、これくらい」


 ユリナの声は少し掠れていたが、その瞳には、自分の力で空を掴んだことへの確かな高揚が宿っていた。


「歩ける……?ううん、私が、支えるから」


 百舌子はユリナの翼の下に潜り込むようにして、その細い腰を抱きしめた。


 かつて教室で誰の肩にも触れられなかった手が、いま、異世界の少女の命を支えている。その事実に、百舌子の胸の奥は、罪悪感と充足感が混ざり合った妙な熱で満たされていた。


 その夜、百舌子は胸のざわつきと、少しの「重み」のせいで、なかなか眠りにつけなかった。

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