7.初めて会った上司がカツラだったとして
文字通り金に目が眩んで、影武者を断る最後の機会を逃した蘭華。
こればかりは致し方ないと、覚悟を決めて後宮に渡ることになった。
傍に控えるのは燕星のみ。帝の御幸としてはいささか心もとないが……帝は若くして母君を亡くされている。後ろ盾が少ないことは周知の事実であった。
それに一歩足を踏み入れれば、後宮にはすべてが帝に傅く者ばかり。さらに言えば、後宮は基本的には男子禁制。
侍従が少ないことを根拠に帝を偽物と断じる者はいないだろうと、そういう判断であった。
「一目でバレると思うが」
「それはどうでしょう」
燕星の言葉に、蘭華は苦笑する。
慣れない着物に足を取られながらも、ゆっくりと後宮への渡り廊下を歩いていく。
大広間の朱塗りの柱は日に焼けた部分の色が褪せており、後宮の歴史が感じられる風合いを醸し出していた。
「だって、後宮の妃たちはまだ誰も、本物の帝を見たことがないはずですよね?」
「それはそうだが……近づけば普通に分かるだろう。御簾越しとはいえ無理がある」
「まぁ、バレたらバレたで私はお役御免なのでありがたいですが」
蘭華が曖昧に言葉を濁す。
燕星にはその意図が分からなかった。
帝と同じ衣服は身に着けているし、背格好は確かに似ている、かもしれない。
だが近くで見れば、蘭華が女であることはすぐに分かるだろう。
声はまだ声変わり前なのだと言われてしまえばそれまでだが……例えば、手、指。そういった体の一部分を取ってみても、少年と少女では何となく違いがあるものだ。
そして後宮では、――妃たちとの触れ合いが待っている。隠し通せるとは思えなかった。
怪訝な表情をする燕星を伴って、蘭華は帝として、後宮に足を踏み入れる。
最も大きな、太陽の御殿。そこには百人近い妃たちが集い、皆一様に礼をして蘭華を出迎えていた。
着飾った麗しい女性がひしめく広間は、あまりにも豪華絢爛という言葉がしっくりくる景色で……蘭華は金の延べ棒で顔面を殴られたような気分になる。
ああ、あのかんざし、三千金。あちらの着物は六万金、ていうかこの御簾がすでに三万金……
背後で燕星が咳ばらいをした。
はっと我に返った蘭華は、中途半端なところで止まっていた足を再度動かし始めて、御簾の中に据えられた高座に腰を下ろす。
先日の帝の姿を思い出して、真似をして座ってみた。
「面を上げよ」
蘭華がそう、まるで帝のように声を掛ける。
妃たちが一斉に、顔を上げた。
二百近い目が、一斉に蘭華に向けられる。
これだけ多くの人がいるのに、聞こえるのはかすかな息遣いと、衣擦れの音だけ。
……誰も。
誰も蘭華のことを偽物だとか。
何かおかしいとか。
そういった声を上げるものは、いなかった。
その光景に、燕星はぽかんとしている。
「ほらね?」
ほんの少しだけ燕星を振り向いて、蘭華は彼にだけ聞こえる程度の声で囁く。
「初めて会った上司がカツラだったとして、指摘できます?」
「………………」




