73.一世一代の大見得
「ですが、帝。賢帝であらせられる貴方様ならばお気づきとは思いますが」
「ふむ、何だ」
「此度の一件、すべてが我が兄、昭可の考えによるものなのです」
帝が頷いた。
流石に桁が違うお方だけあって頭脳も明晰である。
蘭華は乾く唇を厭わずに、畳みかける。
「帝の姉君は駆け落ちをされたと伺っておりましたが」
「どこでそれを――」
かすかに驚きを滲ませた声で言いかけて、帝がふと思い直したように言う。
「――ああ、そなたの父の手引きであったか」
「はい。ですがその駆け落ちも、兄が手引きした偽のものにございます。命の危険がある美鈴様を守るために、そのような嘘をついたのです」
今度こそ、帝が驚きに目を見開いた。
よし。この顔はきっと、帝もまだ知らなかったに違いない。蘭華は賭けに勝ったことを確信する。
兄を出し抜いてやったぞと、蘭華は内心でほくそ笑んだ。
「そして美鈴様は今、後宮で保護されております。私たちの目の届くところで、しっかりとお守り申し上げておりました」
「姉上が、……」
「帝は私が父の罪を償うためにここにいるとお考えだったかもしれませんが、違います」
蘭華は帝の瞳を見据えて、首を横に振る。
「私は兄に頼まれ――貴方様の影武者を務めながら、美鈴様をお守りするために後宮にいたのです」
大嘘だ。
帝を前にしてこんな大嘘をついて良いはずがない。
燕星はハラハラしながらも、蘭華のこの一世一代の大見得を、見守ることしかできなかった。
「すべてが終わった後に、兄はこれを明らかにするつもりだったのでしょう。……いえ。もしかしたら、明かさぬつもりであったのかもしれません」
さっと、そこでやっと蘭華は帝から目を反らした。
その視線の動きに、帝の興味も動かされる。
「すべては帝と、美鈴様をお守りするため。忠義のためではございますが――それをひけらかすつもりはなかったのではないかと思うのです。あまり表に出るのを好まないもので」
実際のところ蘭華の兄は「表に出るのを好まない」わけではなく「裏で暗躍するのを好んでいる」わけだが、ものは言いようだ。
帝の興味を、少しずつ、兄へと誘導していく。
ここが正念場だと、蘭華は最後の武器を取り出す。
「兄はまるで、未来が見えているかのような振る舞いをすることが多くございます。妹ながら恐ろしくなるほどに」
「未来と申すか」
帝の言葉に、蘭華は頷いた。
「この国の始祖は、未来を見通すことのできる神と契りを結んだと、そう伝わっております。我が兄が神だなどと大それたことを申すつもりはございません」
蘭華は神を信じていない。
幽霊は少しばかり信じ始めたが――それでも超常現象の類には懐疑的だ。
だが――必要であれば、神でも利用する。その覚悟は持っていた。
「ですが――兄にはこの結末が最初から、見えていたのではないかと、そう思うのです。さもなければあの優しい兄が、妹の身を危険に晒すわけがありませんから」
「面白い」
帝が手に持っていた杓をぱんと叩いた。
これを言わせたら勝ちだと思っていた台詞に、安堵する。
蘭華も燕星も「やさしい兄」という言葉には吐き気を催していたが、蘭華は何とか顔には出さずに耐え抜いた。むしろ嫌味だと思って受け止めてもらいたい。
「蘭華。その方の兄、昭可なるものを連れてまいれ。会って話がしたい」
「そうおっしゃると思いまして――」
「蘭華―――――!!!!!」
耳をつんざくような声が飛びこんできた。




