72.金の延べ棒で顔面を叩かれるような衝撃
「大儀であった、蘭華」
「は」
夜が明け日が高くなる頃に、蘭華は帝との謁見を許された。
無事に矢を放った実行犯を紫雲たちが捕えたのだ。そして朝までの間に――だいたいの筋書きが、帝の知るところとなった。
「捕えた賊からすべて聞いた。やはり――叔父上の、手の者であった。どこの家が関係していたかも調べはついておる」
帝が憂いを帯びた眼差しを蘭華に向ける。
とんでもない桁の数字の圧にやられないように、蘭華は出来るだけ下を向いてやり過ごす。
「辛い思いをさせたな」
「いえ」
帝の労いに、本心からそう答えた。
命の危機は何度かあったが――それでも。
後宮自体の居心地は悪くなかったと、蘭華は感じていたからだ。
さて、本題はここからだ。
蘭華は息を細く吐いてから、吸って。そして口を開いた。
「帝、恐れながら」
蘭華の言葉に、帝がわずかに顎を上げた。続きを促されたのだと判断して、続ける。
「此度、私を影武者にと推したのは私の兄でございます」
「ああ、そうであったな」
「そしてここにいる燕星を、護衛として遣わせたのも兄、白昭可です」
平伏したままで、蘭華は言葉を紡ぎ出す。
兄を引きずり出すための作戦。それには兄に先んじなければならない。この場を逃して、他にない。
「燕星は妹の嫁ぎ先から、帝を手に掛けなければ妹とその子どもを殺すと、そう脅されておりました。しかし忠義に熱い彼はそれを断り、腹を切ろうとしていたのです」
「…………」
燕星の視線が蘭華の後頭部に突き刺さった。とんでもない嘘をよくもまぁいけしゃあしゃあと、と目が言っている。
だが蘭華はそれを無視して話し続けた。
「燕星はそのことを兄に、昭可に告げました。自分が死んだ後の妹たちのことを頼むつもりだったのです。ですがそれを聞いて、兄が彼を止めたのです。『どうせ散らせる命ならば、帝のために使うべきだ』と。そしてそれが彼自身や妹を救うことになるかもしれないと」
燕星が鬼の形相で蘭華の背を凝視している。
蘭華はそれに気づきつつも、よく回る口を止めることはしなかった。
「兄は放っておけなかったのだと思います。燕星は兄にとって、大切な友人ですから。妹がいる我が身と彼の境遇を重ねたのでしょう」
「友か……」
帝がぽつりと呟いた。
いえ友人ではありませんと叫び出したい衝動に駆られる燕星だったが、何とかそれを押し殺した。その代わりに、蘭華を射殺すように睨み続ける。
「そうして燕星を私の護衛として後宮に遣わしました。彼は帝の叔父上殿の指示に従うフリをしながら、私を守ってくれました。男の身ではつらいこともあったでしょうが、彼はただ帝のため、そして家族のためにと耐え忍びました」
蘭華が顔を上げる。
一瞬藍皇帝の顔圧に負けそうになるも、何とか踏みとどまった。
金の延べ棒で顔面を叩かれるような衝撃に耐えながら、彼の顔をまっすぐに見つめる。この話には――説得力が必要だからだ。
堂々と話さない嘘に、説得力など生まれるはずもない。
蘭華はそのことを、これまでの人生で嫌と言うほど学んできた。
主に、堂々と嘘をつく兄と、それに騙される可哀想な人々、という形で。
「そして此度ついに、決定的な証拠を押さえました。此度のはかりごとを見事表に引き出し、それを収めたのはこの燕星にございます。私や秋の宮の者たちがそれを証言いたしましょう」
蘭華の目的は、兄を引きずり出すことだ。
そのために――使えるものは、すべて使う。
秋の宮は馬鹿がつくほどまっすぐで正直者だ。蘭華が燕星に助けられたと言ったのを完全に信じているはず。それを利用する。
「もしお疑いでしたら、後宮の女官にお尋ねください。後宮に遣わされたばかりの頃、我々は後宮の備品を盗み出す不届き者を捕えております。その時にも、我々は決定的な場面を逃さぬよう立ち回りました。きっと信じていただけるかと存じます」
蘭華はしゃんと伸ばした背筋のままで、はっきりと言い切る。
もちろんそんなものは証拠にならない。だが使えるものはこじつけだって何だって、使って見せる。
必要なのは、今、ここ。この瞬間に――帝の興味を引くことだ。




