68.あなただったんですね。帝の命を狙う――暗殺者は
宴が終わった、その夜。
約束通り秋の宮に泊まった蘭華は、一人で起き出した。
部屋の外。
何気なく廊下のへりに腰かけると――小石が並べてあるのに気が付いた。ぷらぷらと外にはみ出した足が、小石に当たる。
崩れたそれを適当に並べ直して――蘭華は一人、暗い廊下を歩いていく。
秋の宮はもうすっかり寝静まっていた。志勇と紫雲、それに晴暁は広間でそのまま雑魚寝している。もう妃が何だったか尋ねたくなる有様だ。
部屋の隅に置かれたろうそくから火を移して、行灯を手に歩いていく。
秋の宮の端に位置する釣殿。そこにたどり着いた蘭華は、手すりにそっと行灯を置いた。
手すりに手を置いて、真っ暗な池と、そこに映る月を覗き込む。
「おい」
低い声がして、振り向いた。
燕星が呆れた様子で、釣殿に向かう渡り廊下を歩いてくる。
「一人で抜け出すな。何のための護衛だと」
「燕星さん」
燕星が釣殿に足を踏み入れたところで――蘭華は、その名前を呼んだ。
怪訝そうにこちらを見る燕星と向き合って――まっすぐに目を見て、言う。
「もう、終わりにしましょうか」
「何だ? 藪から棒に」
「石、見ました?」
「……何の、話だ」
「うまく出来てたらいいんですけど」
そう言って笑う蘭華。
蘭華はここに来るまでに、並べ直した小石のことを思い浮かべていた。
月の御殿にしかないはずの砂利石。それが何故か秋の宮にあったのだ。蘭華はその石を並べ直して、そして。
月の御殿で拾った石を一つ、加えていた。
口では白々しい台詞を言いながらも――燕星の表情が、変わる。
わずかな変化ではあったが……半年ほど一緒に過ごした蘭華には、その変化が分かってしまった。
想像に過ぎなかったそれが、確信に変わる。
「燕星さんには、守りたい人がいるんでしょう」
ざぁ、と、生ぬるい風が吹いた。
池の水面に映っていた月が、波が立ってぼやけて見えなくなる。
「妹さん、ですね」
「……何を」
「そして、そのお子さん」
その場が静まり返った。
まるでこの世界に二人しかいなくなったかのようで――行灯の光だけが、ゆらゆらと目印のように揺れていた。
「燕星さんのお父さんとお兄さんは、帝を狙っていると噂を立てられて投獄されている。それはお話してくださった通りなんでしょう。でも、それだけじゃないんですよね?」
蘭華の声は静かで、落ち着いている。
そして疑問形のようでいて――断定しているかのような響きをはらんでいた。
「妹さんの嫁ぎ先が……帝の叔父上一派の方なんでしょう。だからお父さんもお兄さんも、疑われていた。理由もなく疑われて投獄されるなんて、おかしな話ですから」
燕星は何も言わなかった。
その沈黙を肯定と受け取って、蘭華は続ける。
「そしてその妹さんには、子どもがいる」
燕星の肩が、ぴくりと動く。
空の月にわずかに雲がかかって――夜の闇が一段と、深くなった。
「だっておかしいじゃありませんか。独り身で、年の離れた兄弟がいるわけでもない。なのに燕星さん、お産にまったく動じてませんでした」
あの時のことを思い出す。
燕星がいなければ冬の宮が来るまで、みんな慌てることしかできなかっただろう。
蘭華や晴暁はおろか――妃たちだって、どうしていいか分からなかったのに。
「それどころか指示まで飛ばして。……お産を見たことがあったんですね」
蘭華が燕星を見据える。
証拠と言うには物足りないが、蘭華が想像を巡らせる理由には十分だった。
「そして何より年下の女性の扱いを心得ている。意外と分かるものですよ、そういうの」
苦笑しながら肩を竦める蘭華。
何も蘭華だけではない。後宮の童たちへの接し方も手慣れていた。年下の兄弟がいるのではないかと、想像することは容易い。
「ここまでくれば簡単です。きっと燕星さんのお父さんとお兄さんは、叔父上一派の圧力に従わなかった。だから濡れ衣を着せられて、投獄された。そして――妹さんとお子さんには今、後ろ盾がない」
貴族の子女の地位は、父の――家の後ろ盾があってこそのものだ。
その後ろ盾が今、帝の暗殺を企てる一派から罪を擦り付けられ、身動きが取れない。それどころか一家取り潰しの危機にある。
その状態で、敵の真っ只中と言っても過言ではないところに留め置かれている妹。その身を案じるなと言う方が無理な話だ。
「燕星さんが守りたいのは、妹さんとその子ども。そのために……帝の暗殺を企む一派からの命令に、逆らえなくなっている」
燕星の一家に罪を擦り付けた人間が、次にどうするか。燕星を、どのように扱うか。それも簡単に想像がつく。
「あなただったんですね。燕星さん。帝の命を狙う――暗殺者は」
この状況なら、それ以外には考えつかなかった。
どうせ蜥蜴の尻尾、失敗したら切り捨ててしまえばいい。帝が偽物だったとしても構わない。ほんの少しでも本物の帝を殺せる可能性があるなら――使い捨ての手駒など惜しくはないだろうから。
「なんて。正直言って最初から、怪しいなって思ってたんです」
「……何故だ」
「だって兄さんに友達なんて、いるわけないですから」
蘭華が苦笑いする。いつもだったらこの手の話題の時だけはニヤリとする燕星も、今日ばかりは表情を崩さなかった。
「だけど……そうじゃなかったらいいのにって、思ってました」




