67.全員、偽物なんだから
「毒見が済んだぞ」
「ありがとうございます」
燕星が膳を運んできた。
廂の下に二人で腰かけて、庭に浮かぶ月を眺める。
「何か、変な感じですね。私たち、殺される覚悟でここに来たのに――こんなに歓迎されちゃって」
「……そうだな」
「ご飯もおいしいし、みんな笑ってるし」
背後を振り向く蘭華。つられて燕星も振り返った。
冬の宮が話す後宮の昔話に聞き入っていたり、ふざけて笑い合っていたり。晴暁は酔っぱらってしまったのかぺしゃんと潰れている。
笑みを浮かべながら、月に視線を戻す。今宵は見事な満月だった。
「月も綺麗だし。この世をば我が世とぞ思ふ~って。帝的にはアレなんですかね」
「仮初の我が世だな」
「仮初どころか偽物ですよ」
蘭華が悪戯めかして笑うと、燕星もわずかに口元を緩めた。
彼はそのまま猪口を傾けて、酒を口にする。
燕星が酒を飲んでいるのは珍しいと、蘭華は思った。
ぼんやりと月を眺めながら――自分は飲んでいないが、場の空気に任せて言葉をこぼす。
「いい暮らしさせてもらって、好き勝手に節約できて。賑やかにご飯食べて――子ども扱い、してもらって」
燕星が蘭華の横顔に視線を向けた。
その丸い瞳に、月明かりが映っている。
「割と、このままでもいいかもなーって。ほら。私って目先の利益に弱いので。そうやって思っちゃうんですけど」
蘭華が燕星の方を振り向いた。
まじまじと顔を見られていたことには気づいていないのだろう。
へらりと気の抜けた顔で笑う。
「でも、偽物で、仮初ですから。きっと終わりが来るんでしょうね」
燕星は、返事をしなかった。蘭華の呟きが夜の闇に溶けていって……蘭華はそれを、心地いいと感じた。燕星といるときの沈黙は、不思議と苦にならない。
その空気に任せて、ぽつりとまた、独り言のように呟く。
「兄さんと私って、血が繋がってるのか分かんないんですよね」
「は?」
「いや、兄さんは兄弟って言うんですけど。物心ついた時から親はいなくて、兄さんだけで。本当に同じ親から生まれたのか――私には証明のしようがなくて」
蘭華の言葉に、燕星は彼女の兄を思い浮かべる。
顔は、どうだろう。男女の違いがあるからか――あまり似ていない、気もするが。
「なんか、病弱な妹がいた方が都合よかったから、とか。そんな理由で、その辺からたまたま拾ってきた子、かもしれないわけで。それすら、偽物かもしれないわけで。そう思うと――兄さんにも、感謝するべきところはあるのかなって」
蘭華が縁側からはみ出した足を、ぶらぶらと揺らす。
まるで幼子のような仕草で――彼女は、自分の子どもの頃を思い出していた。
すぐに熱を出して、寝込んで、働けなくて。孤児の中でも弱くて足手まといで、何にもできなかった自分と――兄のことを。
「ああやって何だかんだ憎まれ口ばかりだし、私のことをこき使うけど。こうやって生きて私がここに居られるのは、――兄さんが、赤の他人の、すぐにでも野垂れ死にそうだった私を、妹に選んでくれたからなんじゃないかって」
「蘭華」
「……なーんて。そんなことをちょっとばかり考えちゃったりもしたんですけど」
すっくと、蘭華はその場で立ち上がる。
そして隣に座っていた燕星を振り向いた。
「だからと言って兄さんの私への仕打ちが許されるわけじゃなくない!? と、思うわけです」
その表情からはすっかり感傷的な色が失われていて、燕星は面食らう。
それを気にも留めず、蘭華は立て板に水をかけるがごとく流れるように兄への不平不満を並べ立てる。
「それにしたって何度も死ぬような目に遭わされてますし!? その中で生き残ったのだって、ていうか最初に選ばれたのだって結局それって私が『持ってた』ってことじゃないですか!? 運も実力の内って言いますし!? これまででもう十分助けてもらった分のツケは返したっていうか!? そろそろお代を払ってもらう番なんじゃないですかね、私!!」
「はは」
あまりの剣幕に、燕星が噴き出した。
蘭華がむっとした顔で燕星を見れば、燕星は片手をあげてどうどうとそれを制する。
「安心しろ。お前と昭可は間違いなく兄弟だ」
「その心は」
「厚かましいところがそっくりだ」
「おや? 喧嘩ですか? 燕星さん私に喧嘩売ってますか??」
「売ってやってもいいが」
「そんなもの買いません」
「蘭華」
二人が軽口を叩き合っていると、紫雲の声が蘭華の名前を呼んだ。
紫雲と晴暁がこちらに向かって歩いてくる。紫雲は蘭華と燕星、二人の顔を見比べると、ふんと鼻を鳴らしてから、蘭華の手を取る。
「何二人でニヤニヤしてんの。こっち来て」
「ふひ、志勇さんが、居合斬り、するって」
「あの人もう妃のフリ諦めてません??」
「皆似たようなもんでしょ」
呆れ半分で返事をしながら、蘭華が立ち上がった。
先ほどよりも近くなった蘭華の瞳を見下ろして、紫雲がにやりと口角を上げる。
「全員、偽物なんだから」
「……あは」
つられて、蘭華も笑ってしまった。
「そうですね」
そうですね。
蘭華は心の中で繰り返す。
春の宮は忍者だし、夏の宮は陰陽師だし、秋の宮はあんな感じだし。
冬の宮だって本物の妃とは言いがたい。
蘭華も、燕星も。
皆が皆、偽物で――それをどこかで、分かってる。
でも、だからこそ――こんなに居心地が、いいんでしょうね。
振り向いた蘭華が、燕星に向かって手を差し伸べる。
「行きましょ、燕星さん!」
「……ああ」
燕星が立ち上がる。
蘭華の後ろについて、歩き出した。




