66.ああ、面白いことって、そういう……?
宴もたけなわ、と言ったところで、燕星が蘭華の食事を取りに行った。毒見も必要なのでしばし喧騒から抜け出し、一人で縁側に腰かけて夜風に当たる。
足音がして顔を上げると、冬の宮がこちらに向かって歩いてきたところだった。
わざとらしく礼をしてから近くに腰を下ろした冬の宮に、蘭華は苦笑しながら頬を掻いた。
「びっくりしましたよ、もう」
「ほほ。すまんのう。内緒にしたいと頼まれたのじゃ」
ころころと鈴を転がすような声で笑う冬の宮。先ほどから、冬の宮はとても機嫌が良さそうだった。
「まぁ結果として、わしも面白いものが見られたしの」
そう言って目を細める冬の宮。その視線の先を追うと、何やら貝合わせの貝を取り合ってじゃれている志勇と紫雲、そしてその間をオロオロしながら行き交っている晴暁の姿があった。
ああ、面白いことって、そういう……?
蘭華がやや冷やかな視線を冬の宮に向ける。
そりゃあ見目麗しい殿方に憧れる女子もいるだろうが……その年齢からじゃれあう男子に熱視線を送っているようではちょっと、先が思いやられるのでは、と思ってしまった。
蘭華の心中を知ってか知らずか、冬の宮が視線を広間の妃たちに移す。
「ぬしが妃を頼り、妃もぬしを頼っている。まるで友人のようじゃ」
「そう、ですかね」
「女官からは金に細かいと文句を聞いておるがの」
「うっ」
「よい。あやつらはそれが嬉しいのじゃ」
ころころと鈴の音のような声で優雅に笑う冬の宮。
他の妃と交流を持てと言われて開いた会だったのに、結局ひいきと目されている秋の宮が勝ってしまったというのに、どうしてそんなに楽しそうなのか。
それが不思議だったが――そうか。
妃たちの希望を叶えたかっただけなのか。
もちろん、長くいればこの後宮というものに、そこに住まう妃たちに、愛着が沸いたとしても不思議はないが……
そこまで考えて、先ほど頭によぎった疑問を思い出し、蘭華の思考が停止する。
後宮に長くいる。確かに志勇がそんなことを言っていた。が、目の前にいるのはどう見ても、蘭華と同じくらいの年頃の少女である。
冬の宮がぽつりと言う。
「先々代の時からここにおるが……こんな後宮は初めてじゃ」
「先々代……せんせんだい!?」
一度冬の宮の言葉を繰り返して飲み込んで――飲み込み切れずに聞き返した。
そんな反応など見慣れていると言わんばかりに、冬の宮が続ける。
「先々代の頃は下級女官じゃったからの~、その次はきちんと妃として入内したのじゃが。先代の女の趣味にはハマらんかったようじゃ。まぁ近い親戚じゃし若干気まずかったが」
「失礼ですが、御年は」
「四十を超えてからは数えておらぬわい」
「し、しじゅ、……!?」
ほほほ、と上品に笑う冬の宮。蘭華は仰天してしまって、聞き間違いかと耳を疑った。でも、確かに今、四十って。
四十超えてる、って、下手したら養父さんよりも年上じゃないか。
なのに見た目は、どこからどう見ても、十代前半。
人の生き血とか啜っていてもこうはならないだろう。何がどうなってそうなってるんだ。
年齢を知ってしまうとその銀髪が神秘的なものではなく、加齢によるものだったのではという気がしてきた。
……そんなことある??
「ドロドロと愛憎に紛れた後宮はそれはそれは楽しくてのお。毎日あれやこれやと盗み聞きしてそれを日記に認めるのが趣味じゃった」
「はぁ」
「まぁその結果この年まで結婚もせず来てしまったわけじゃが。それは特に後悔しとらん。今回の後宮にもネタ探しで参加しただけじゃしな」
「ネタ探し……」
藍皇帝は十三歳。いくらなんでも正妃の座に四十を超えた妃を座らせることにはならないだろう。冬の宮に「寵愛を得よう」という気持ちがないのは頷ける。
だが――蘭華は気が付いてしまった。
何ということだ。四季の宮、誰一人としてまともな妃がいない。
もちろん暗殺の危機という平時と違う状況あってのことだが、帝が気の毒になってしまう。この後宮に本物の帝が来ていたらどうするつもりだったんだ、全員。一回怒られた方が良いんじゃないだろうか。
じとりとした目をしている蘭華を無視して、冬の宮がふっと、声を潜める。
「じゃが……最近のぉ、胸やけするのじゃ」
「胸やけ」
「恨み恨まれ脅し脅され、双方が不幸になっていく姿を幾度も見送ってきた。若いうちはそれがはらはらドキドキで楽しかったんじゃが。ある時、下手したら妃も帝もわしの子どもでもおかしくない年齢なんじゃないかと気づいてしまっての」
「もう後宮の主じゃないですか……」
「そうすると、若者がつらい思いをしているのがだんだんとしんどくなってしまってのぉ」
しみじみとした顔で言う冬の宮。
三分の一程度しか生きていない蘭華には、到底辿り着けない領域であった。まだまだ若者側なので仕方がない。
「もっと爽やかで、ときめいてきゅんきゅんする。最後にはみんな幸せになる。そういうのが欲しいんじゃ」
「後宮では無理じゃないですか、それ」
「ほほほ。今回はそこそこ楽しめたぞ、帝様よ」
冬の宮がほくほくと楽しそうに笑っている。
そう言われても蘭華には思い至るところはなく、首を捻るばかりだ。
「じゃから、今日は無礼講じゃ。ゆっくり月でも見ながら酒を飲んでいくがよい」
そう言われて気が付いた。季節は秋。確かに月見の時期だった。
蘭華が後宮に足を踏み入れた時はまだ春だったのに――時間の流れは、速い。
盃を受け取ると、冬の宮は目を細めて彼女を見つめた。
その視線に滲んでいるのが――燕星が自分を見る時に感じるような、いわゆる「子ども扱い」の情だと感じて、蘭華は少々むず痒くなる。
「……これ、お酒じゃないですね?」
「ほほ、バレたか。お子様は甘茶でも飲むがよい」
探りを入れると、また冬の宮はおかしそうにころころと笑った。
二人が盃を交わしたところで、きゃっきゃとはしゃぐ声が近づいてきた。
庭先に目をやれば、童たちが何かを蹴りながらこちらに向かって走ってきた。あれは……石か。
子どもってどうして石とか枝とか好きなんだろう。身分が高くてもそのあたりはあまり変わらないようだった。
「これ、お前たち。そんなものどこから持ってきたんじゃ」
「そこに落ちてたー」
「危ないじゃろう、まったく」
「ごめんなさーい」
石蹴りをしていた童たちが、たいして反対している様子もなく、縁側から部屋へと上がってきた。
彼らが立ち去った足もとには、つやつやとして丸くそれなりの大きさの石が四つほど転がっている。これは子どもは蹴りたくなるだろう。水切りをしたくなる者もいるかもしれない。
「お庭の池のから持ってきちゃったんですかね」
身を乗り出して、石を拾って呟いた蘭華。その横顔を見て、冬の宮がぱちくりと目を瞬く。
「何を言っておるんじゃ、帝様。この後宮、砂利敷きなのは本殿――月の御殿だけじゃ」
「え。あれ、そうでしたっけ」
「うむ。わしが言うのだから間違いない。まったく、そんなところから石を持ち出して……戻しに行かせねば」
すっくと立ち上がる冬の宮。童たちを追いかけて広間の奥へと進んでいく冬の宮の背を見送って、蘭華は再び、手元の石に視線を落とした。




