64.この後宮で一体何が起きてるんですか?
月の御殿で、貝合わせの会が開かれた。
予選から熱戦が繰り広げられるが、特訓の甲斐あって紫雲も晴暁も順調に勝ち上がっている。
てっきり冬の宮も参加するのかと思っていたが、彼女は出役を務めていた。
その真意が読めずに、蘭華はじっと冬の宮を見据える。
自分が勝って蘭華に近づこうとしているわけではない。ということは、もしかして——蘭華たちと同じ狙いがあるのではないか。
誰がこの勝負で勝ちに来るかを見定めて、暗殺者を炙り出そうとしている、とか。
それならどんなに平和だろうかと思うが、現実がそう甘いとは思えない。
彼女が暗殺者側なら――誰か勝たせたい人間がいて、こっそり手引きをしているとか。そちらの方が「ある」線だろう。
平等な立場の帝として誰かを応援するわけにもいかない。蘭華は御簾の向こうから紫雲と晴暁を見守りつつ――どちらかというと、他に怪しい動きをしている妃がいないか、冬の宮が何か仕組んでいないかと、そちらばかりに気を取られていた。
特に不審なことはないまま、決勝戦。
紫雲も晴暁も勝ち抜いてきていて、蘭華は一人心の中でうんうんと頷いた。
あれだけ特訓したのだ、二人が揃って勝ち上がっているなら、どちらかが優勝するだろう。暗殺者やその手引きをする人間が勝つ心配はしなくて良さそうだ。
そう思って残りの顔ぶれを見て――「あ」と声を上げる。
他所事に夢中で気が付かなかった。というより――会の趣旨からいって貴方が頑張っちゃうと意味ないんですよというのを先に言い含め忘れていた。
まるで一騎打ちのような顔をしている紫雲と晴暁に、蘭華は大変気まずい思いをすることになる。
果たして勝負は蘭華の予想通り――
「勝ったぞ!!」
秋の宮――志勇の勝利で幕を閉じたのだった。
〇 〇 〇
「なんっっっっでアンタが勝ってるわけ」
「花嫁修業の一環でかなり練習したからな! 腕が鳴ったぞ!!」
「こんな美的感覚死んでるやつに負けるなんてほんと無理」
紫雲が悪態をつくが、負けた今では完全に負け惜しみであった。
志勇の美的感覚が死んでいることには蘭華も激しく同意だが、裏を返せばそれ以外の妃としての素質は磨きに磨き抜かれているのだから宜なるかなといった結果だ。
周囲の妃からも「秋の宮様なら仕方ないわね」「悔しいけどお似合いだわ」という声が聞こえてくる。
どうしよう。何かもう取り返しがつかないところまで来ちゃってる気がする。
それどころか秋の宮に仕えていない妃たちにまで志勇が可憐に見え始めている恐れがあった。この後宮で一体何が起きてるんですか?
「け、結局、体力ある人って、何でも強い、よね」
晴暁がぼそりと言った。
それには蘭華も同意する。商売も一緒だ。最終的にはどれだけ時間と体力を費やせるかの勝負になる場面がいくらでもある。
「アンタ賞品のこと忘れてない? 普通に貝合わせやりたかっただけでしょ」
「ん? そんなことはないぞ」
呆れた様子の紫雲の言葉に、志勇がきょとんと目を見開いた。
そしてにかっと爽やかに笑う。
「勝てば帝が通ってくれるんだろう? 俺にとってもありがたい話だ」
「な、」
紫雲が口を開け放した。
ぱくぱくと空気が不足している金魚のように口を開閉している。
そんなことしなくても秋の宮には十分通っている、通い詰めているといっても過言ではない。
というか通いすぎていると指摘されての大会だということを、蘭華は言い出せずにもごもごしていた。
「アンタまさかコイツのこと、」
「帝が来ればお前たちも来るだろう」
「……は?」
「後宮に来てから賑やかに食事をすることが少なくてな。少々寂しく思っていた」
志勇が少し物憂げに視線を伏せた。
困ったように眉を下げて頬を掻く仕草は、何となくもの悲しさを感じさせる。似合っていない化粧がすべてを台無しにしていたが。
「勝てばまたみんなで飯が食えるだろう? 俺はそれが嬉しいんだ!」
「……あっそ」
「圧倒的……陽の者……」
紫雲はぷいとそっぽを向いてそう呟き、晴暁は両手で目を覆って呻いていた。
その様子を見て、蘭華は笑う。皆で賑やかに食事をするのは、蘭華も気に入っている。
だからこそ――こうしてぬるま湯につかるような居心地の良さに、甘えてしまっていたのかもしれない。




