62.「帝の」「寵愛」
秋の宮から事前に連絡を入れてもらって、冬の宮を訪れた。
結局ぶつくさ言いながらも紫雲も一緒についてきたので、謎の組み合わせである。
「せ、先日は、ありがとう、ございました」
冬の宮に向かって、晴暁が三つ指ついて頭を下げる。
さすがはいいところのお坊ちゃんだけあって、おどおどしていても所作自体はそつがない。紫雲がつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「つ、つまらない、ものですが、」
「よいよい。気にするな。困った時はお互い様じゃ」
そう言いながらも、冬の宮は晴暁が差し出した手土産を受け取った。
ここで下手に遠慮をすると、拒絶として捉えられかねない。対立したいのなら話は別だが、そうでなければもらっておく方がお互いにとっても得なのだ。
大人の世界では円滑なコミュニケーションというものが求められるのである。
蘭華は晴暁の肩越しに、前に座る冬の宮の様子を観察する。
細身で小柄だ。話し方は少し古風だが、年齢は若い。おそらく蘭華と同じか、一つ二つ年下――下手をすると帝と同じくらいではないだろうか。
十三歳の帝と同じ年というのは、――後宮に入内できるのであろうか。
肌は雪のように白く、髪の色は美しい銀色。黒髪こそが至上とされるのが島国の流行ではあるものの、こんなにもきらびやかな髪の色は見たことがない。
宝石しかり工芸品しかり、人間は金を持つと珍しいものに惹かれるようになるものだ。他に並び立つものがない美しさというのは価値である。
それを裏付けるように、冬の宮の価格も紫雲を超えていた。
瞳の色も、どちらかというと淡い灰のような色合いだった。
すべての色彩が淡く、光を受けてきらきらときらめくさまは、まるで消えてしまいそうなくらいに儚げで、透き通った印象の少女だった。
その少女が――一瞬、少女らしからぬ鋭い視線をこちらに向けたような気がして、蘭華は咄嗟に背筋を伸ばす。
冬の宮はニコリと微笑みながら、紫雲と晴暁に向かって言った。
「ぬしら。ずいぶんと仲が良いようじゃの」
「仲が」
「良い」
二人が冬の宮の言葉を反芻する。
まぁこうして一緒に冬の宮を訪れているのだから、仲が良いと取られても仕方がない、のかもしれない。
先ほどまで秋の宮も一緒に食事をしていたと知ったら冬の宮は何と言うのだろうか。
「じゃが、よいのかの? 同じ四季の宮とはいえ、帝の寵愛を争う敵同士」
「帝の」
「寵愛」
紫雲と晴暁が蘭華のことを振り向いた。
蘭華はへらりと笑って頭を掻く。どうもどうも、余が帝でございます。
紫雲の視線が険しくなって、晴暁が困ったように頬を掻く。
「それに帝は秋の宮がたいそうお気に召したご様子」
「え」
「他の妃の元にあまり通わないものだから、不満も出ておりまする」
「え」
今度は話が蘭華に向いてきた。
いやそんなに秋の宮にばかり通っているわけでは、と記憶を巡らせて――そして、だらだらと汗をかいた。
最初は帝への風評被害を恐れて控えていたのに、最近ではすっかり通い詰めていた記憶しかない。だってごはんがおいしいから。
隠れ家に泊まった時にもわざわざ朝食だけ食べに行くくらいに、胃袋をがっちりつかまれていた。
「そこで帝、いかがでしょう」
「な、なになに!?」
「貝合わせの会を開きませぬか」
「貝合わせ?」
貝合わせとは、一対の貝の裏側にそれぞれ絵付けをしたものを伏せて並べ、同じ絵柄の貝を当てる遊びだ。
宮中では歌合わせと同じくらい気軽に行われている。
妃を皆集めて貝合わせ、というのは――まぁ、息抜きにはなりそうだ。
そのくらいで妃たちの不満が解消されるなら安いものだと判断して、蘭華は首を縦に振る。
「いいねいいね、楽しそう! やろやろ!」
「そして、――帝には、優勝者の元へ一晩、渡っていただきたく」
続けられた冬の宮の言葉に、蘭華の口の形が「へ?」になった。
先ほどまで二つ返事で賛成していたものだから、咄嗟に二の句が継げない。
「そうすれば皆、満足しましょうぞ」
にこりと冬の宮が笑う。
蘭華は、曖昧に微笑み返すことしかできなかった。




