58.「手癖が悪くて……」「金に汚い……」
「どうせ手癖の悪い妃が盗んでるんじゃないの」
「自分の部下にその言い草」
「オレはただのお飾りの妃だもん」
さっそくその足で春の宮――紫雲のもとを訪れた蘭華に、紫雲は自分の爪をやすりで削りながら、興味がなさそうに返事をした。
人間はこんなに興味がなさそうな態度ができるのかと驚くくらいに興味関心がゼロだった。
ふっと指に吐息をかけて粉を払って、紫雲が言う。
「美しくいるのと、帝を守るのがオレの仕事。つまりここにオレの仕事はない」
「いっそ清々しい」
肩を竦めて言いきる紫雲に、蘭華は感心すら覚えていた。
守るべき帝が偽物だった以上、一応の紫雲の仕事は暗殺者探しだろう。蘭華のように妃と密に交流を図り、情報収集を図るのが定石だ。
だが、紫雲には蘭華が使えない手法が取れる。蘭華が暗殺されそうになった時――ないし、暗殺されたときに犯人をひっとらえればよいのだ。
蘭華を囮にしていればいいだけなので、となると彼の業務は演じている貴族の娘の品位を落とさないよう、美しくいること。その一点に帰結する。
まったくもって、すこぶるつきのいいご身分である。
「これだけ人がいるんだから、一人くらい素行不良の妃が紛れてたってわかんないでしょ」
「それは、確かに」
「盗まれたって言っても大したものじゃないんでしょ? せいぜい自分で使うか、商人に横流しして小銭を稼ぐくらいしか……」
そう言いかけて、紫雲が黙った。
はてなんだろうと蘭華がその顔を見ると、紫雲がじっと蘭華を見つめているのに気づく。
一億の顔でそうじっと見られると落ち着かない、と視線を逸らすと、今度は背後から視線を感じる。振り向くと、燕星までもがじっと蘭華のことを見つめていた。
「手癖が悪くて……」
「素行不良……」
「金に汚い……」
「え?」
最後の「金に汚い」で見事に声がそろった二人。
蘭華に向けられる視線は熱いというよりも、冷ややかだ。
「ちょっと!! どうして私のほうを見るんですか!?」
「まさかそこまでとは」
「ほら、一緒に謝りに行ってやるから出しなさい」
「私がやったと思われてます!?」
二人にせっつかれて蘭華は「違いますよ!」と地団駄を踏む。
そんなものを盗んで売ったとて二束三文にしかならない。そのうえもとを辿れば――蘭華にとっては――蘭華の税金が使われている。それなら税金で新しいものを買い直されるより今使っているものを末永く使ってもらった方が総じて「得」なのだ。
鼻息も荒くそう訴える蘭華だが、いまいち二人には響いていない。
何故。どうしてそんなに疑われるのか。私が守銭奴だからか。
憤慨した蘭華は春の宮から駆け出すと、夏の宮――晴暁を連れて戻ってきた。
そして自慢げにえへんと胸を張る。
「専門家を連れてきました!」
「専門家?」
「失せ物探しといえば陰陽寮! ですよね?!」
「絶対違うでしょ……」
紫雲が白けた顔をしている。一方隣にいる晴暁は、照れくさそうに頬を掻いていた。
「ら、蘭華ちゃんに、頼ってもらえて、嬉しい、な」
「そりゃあ頼りますよ! 使えるものは有効活用しないと!」
「蘭華『ちゃん』?」
ふんすと鼻息を荒く拳を握りしめた蘭華のことを視界の隅っこに入れながら、紫雲が晴暁の顔を見る。
距離を縮めてじっと顔を見てくる紫雲に、晴暁は困ったように眉を下げてもじもじと着物の袖を弄り、しまいには身を縮めて蘭華の後ろに隠れてしまった。
と言っても体の大きさがとても蘭華の背に収まるものではないので、ほとんど意味をなさなかったが。
「またバラしてるわけ?」
「もう公然の秘密ですよ」
蘭華がきょとんとした顔で言った。
本物の帝だと思っていてなお「帝っち」などと呼ぶ豪傑はさすがにいるまい。
蘭華の後ろから、紫雲の顔を見上げる晴暁。紫雲よりも化粧が薄いにも関わらず、上から見ると嫌味なほどに長い睫毛が目立っていた。
それが殊更に紫雲を苛立たせる。
「ずいぶん仲良くしてるんだ?」
「いえ、仲がいいわけでは」
「えっ」
否定した蘭華に、晴暁が意外そうな声を上げる。
そして蘭華の服の袖をきゅっと握って、瞳を潤ませた。
「ぼ、ボクたち、友達、だよね……?」
蘭華の頭の中で瞬時にそろばんが弾かれる。
次代の陰陽寮のトップになる、かもしれない人間。そして少々人との交流に難があるが――それはむしろ一度懐に入ってしまえば、彼とうまく交流を得られない人間と差をつけることが出来る。
見目もよく黙っていれば儚げな美人で、五体満足、働き盛り。
ここで「うん」と言うだけで得られる儲けは二千万金をくだらない。
瞬時にはじき出した解を胸に抱いて、蘭華はどんと胸を叩いて頷いた。
「ズッ友ですとも!!」
「ふひ、う、うれしい、初めての、友達……」
晴暁は言葉通りにうれしそうに頬を緩めて、蘭華の頭を撫でていた。
猫背がなければ鴨居をくぐるにも難儀をしそうな体躯の晴暁にとってみれば、蘭華など童同然だろう。
和やかな雰囲気を漂わせる二人の間に、紫雲が身体を割り込ませる。
「オレ男女の友情って信じてないんだよね」
「え、私と紫雲さんって共犯者じゃないんですか!?」
「んなわけないでしょ」
紫雲がばっさり切り捨てた。
蘭華もふざけて言ってみただけなので、まぁそうだろうとは思っていた。
紫雲は蘭華を見下ろすと、人差し指で鼻先をぶみっと抑える。
「オレが主人。アンタは犬」
そう言い切られた。
野犬から飼い犬に昇格していた。果たして喜ぶべきか怒るべきか。
「あ。男同士の友情はありなんですよね?」
「え?」
「どうでしょう晴暁さん、二人目のお友達を作ってみては」
蘭華が背後に隠れていた晴暁を前に押し出す。
晴暁が紫雲を見下ろした。
そしておどおどと戸惑いながら、言う。
「え、えと――紫雲、くんは、幽霊って」
「イヤ」
「信じて、たり」
「無理」
ばっさり即答されて、晴暁が涙目で蘭華を振り返る。蘭華は無責任に「頑張れ」と念を送った。
その様子に紫雲がため息をつく。
「オレはブスも嫌いだけど努力してないくせしてオレよりキレイな奴も嫌い」
「な、何たる性格の悪い」
「何その髪。ちゃんと手入れしなさいよ」
「こ、こうしてると、人と目、合わないから」
へらりと笑った晴暁に、紫雲がガッと勢いよく晴暁の前髪を引っ掴む。
そして目にもとまらぬ早業で前髪を額の上で括ってしまった。
「!?!?!?」
晴暁が声にならない悲鳴を上げて、また蘭華の背後に隠れる。
完全に怯えて震えてしまっていた。
どうやら紫雲の逆鱗に触れてしまったらしい。
「や、やっぱり、ボクの友達は、蘭華ちゃんだけ、だよ」
「ねぇ近いって」
「御しやす~」
「アンタも心の声漏れてるし」
また蘭華と晴暁の間に割り込みながら、紫雲がはぁ、と大きくため息をついた。
「……失せ物探しするんじゃないの」
「そうでした!」
はっと思い出して、蘭華が晴暁の袖を引いて、春の宮の広間へと歩いていく。
さぁ行こう早く行こうと急かす蘭華に、紫雲がふん、と小さく鼻を鳴らした。




