53.当たるも八卦当たらぬも八卦
妃たちが物音や泣き声を聞いたというあたりをうろうろと歩く。夏の宮からほど近い場所だ。
これだけ近ければ、夏の宮の妃たちも音や泣き声を聞いていてもおかしくないのだが……晴暁の知る限りそう言った報告はないという。
土はしっかりと踏み固められて手入れされているが、それでも多少の草が生えている場所もある。植木がある場所もあるし……ああいったところにいるのだろうか、幽霊。草葉の陰というくらいだし。
ぼんやりと中空を眺めていた晴暁が、ぽつりと言った。
「大丈夫。死んだ人の霊じゃないよ」
その言葉に、蘭華はほれみろと一人で胸を張った。
やっぱり幽霊など実在しないのだ。
だがそれならどうして、と考えていると――かすかに。
ほんのかすかに、子どもの泣き声が聞こえてきた。
後宮には童がいる。だがこの鳴き声は、童よりもずっと小さな――赤ん坊のような声だった。
耳を澄まして、声のする方に向かって駆け出した。その後ろを燕星が追い、そのさらに後ろを、でべでべと晴暁がついてくる。
夏の宮と本殿への廊下の合間。
泣き声はここから、聞こえていた。
そっと、柱の陰から向こう側の様子を窺う。
植え込みのそばには妃が四人ほど集まっていて、全員しゃがみこんでいた。その中央に子どもがいるのか、と覗き込んでみると――そこには。
「…………猫?」
「きゃ!?」
蘭華が思わず零した言葉に、妃たちが慌てた様子でこちらを振り向いた。
慌てて背に隠そうとしているが――手遅れだ。
可愛らしい尻尾をゆらゆら揺らしている猫が、そこにいた。
その姿に、すべてを察する。
物音は、屋根裏かどこかに入り込んだ猫のもの。そして子どもの声のように聞こえたのは――
「なーお」
猫の鳴き声だったわけだ。
「み、帝、どうしてここに――」
「いやー、何か音がするなーって思ったら、ね?」
「だ、黙って飼っていて申し訳ございません!!」
「ふらりと迷い込んできて、ひどく痩せていたものですから、つい……!」
「いや別に、ここ別に動物禁止じゃないよね?」
そう蘭華が燕星に問いかける。返事がなかったので、それを肯定と捉えた。
猫は機嫌よくうにゃうにゃ鳴きながら、魚の切れ端をあぐあぐと食べている。手を伸ばしても怖がる様子がなく、簡単に撫でることが出来た。完全に餌付けされている。
「何だ、猫かぁ」
蘭華が猫を撫でくり回しながら呟いた。
それを傍で見下ろしていた燕星がぽつりと言う。
「確かに赤子の声と似ているか」
「紛らわしいですねぇ」
蘭華が「ね?」と猫に向かって首を傾げると、猫は「なーお」とまた機嫌が良さそうに鳴いた。
幽霊の正体見たり枯れ尾花とはよく言ったもので、正体は可愛い猫ちゃんだったわけである。
拍子抜けしてそのまま撤収しようとする蘭華を、晴暁が引き留める。
「き、今日は、夏の宮、泊まって、行ったら?」
晴暁の提案に、蘭華はしばし迷ってから頷いた。
陰陽道には八卦もある。神も占いもあまり信じていないが――当たるも八卦当たらぬも八卦。占ってもらったら何か暗殺者を見つけるための手がかりが得られるかもしれない。
ちょうど残りの四季の宮の情報も集めたかったし、渡りに船だ。
蘭華が頷くと、晴暁は照れくさそうに笑って、言った。
「ふひ、お泊り会、だね」




