52.なんかそれっぽい感じで破ァとかやっちゃってください!
はっと気が付いて、周囲を窺う蘭華。
まずい。こんなところで妃を泣かしていることが後宮内に知れたら、帝の風評被害がさらに倍増する。
秋の宮に夢中な上に、美しくて気弱そうな妃を泣かせた帝としての悪名が轟いてしまう。
これは処される。紫雲に解釈違いの罪で介錯される。
「あの、事情は分かりましたから! 一旦、一旦入りましょう!」
「ほ、ほんと? 信じてくれる?」
「信じますとも!」
蘭華が胸を張って、どんと拳で叩いて見せる。
しゃがみこんだままで蘭華を見上げていた夏の宮が、やがておずおずと立ち上がると――夏の御殿への扉を開いて、先導するように門をくぐった。
蘭華と燕星もその後に続いて、夏の宮に足を踏み入れた。
ちらりと周囲を確認してから、蘭華は言う。
「私、帝を狙う暗殺者を探すための影武者なんです。ですからどうかお互いこのことは、ご内密に」
「う、うん、心配しないで」
蘭華の言葉に、夏の宮がへらりと笑う。
強張った笑顔で、目線は右斜め下を向いていた。
「ここに来てから、人間と話すの、初めて、だから」
蘭華と燕星は顔を見合わせた。
蘭華がここに来てから少なくとも四カ月が経過している。
夏の宮の言うことを信用するならその間誰とも口を効いていないことになるが――一体どうやって生活していたんだろうか。
「ボク、黒晴暁。今の黒家では一番力が強いからって、無理矢理駆り出された、んだけど」
夏の宮――晴暁がそう自己紹介をした。
今この瞬間、四季の宮、四人中三人が男であることが確定した。してしまった。
二度あることは三度あるとはよく言ったものである。あってほしくはなかったが。
この分だと冬の宮も怪しいぞ、と蘭華は内心で覚悟を決める。
蘭華が本物の帝だったらとんでもない後宮に怒っただろうが――いや、帝のためを思うなら今からでも怒った方がいいのだろうか。
だが、志勇を見た後だと紫雲や晴暁は許せる範囲と言うか……もう美しいなら男女はどっちでもいいんじゃないかという気分になっているのも確かだ。
蘭華があらぬことに思考を飛ばしているのを、言葉の意味が伝わっていないからだと思ったのだろう。晴暁が言葉を補足する。
「え、えと……力って言うのは、いわゆる、霊能力? なんだけど」
「あー」
蘭華はそう気のない返事をした。心の中でも「あー」と思った。
そういう系ですね。分かりました。
そんなことより、と話を幽霊騒動に持っていこうとした蘭華に、晴暁が戸惑ったように問いかける。
「あの、……怖く、ないの?」
「怖い?」
「ほら、霊とか、超能力、とか」
「そんなものより金の切れ目の方がよっぽど怖いですよ」
「金」
晴暁が蘭華の言葉を繰り返す。燕星はまた金の話してる……と呆れた顔で蘭華を見下ろしていた。
晴暁はと言えば、何やら少し違った受け取り方をしたようで、真面目な顔で頷いた。
「わ、分かる、気がする。幽霊より、生きてる人間の方が怖い、よね」
「まぁそんな感じです」
蘭華が鷹揚に頷いた。燕星はまた適当なこと言ってる……とドン引きの顔で蘭華を見下ろしていた。
頷いた蘭華に、晴暁が目を細めて――嬉しそうに笑う。
「ふひ。一緒だね、蘭華ちゃん」
何が一緒なのやらイマイチ分からなかった蘭華だが、これから相談事を持ち掛ける以上、晴暁に親しみを持ってもらっておく方が得だと判断して、うんうんと頷いておく。
そこでふと、何かが頭の隅に引っかかる。この違和感は何だろうと思いを巡らせて、気が付いた。
……あれ?
蘭華ははてなと首を捻る。
私、いつ名前を名乗っただろうか。
蘭華がそれを確認しようと口を開きかけたところで、かぶせるように晴暁が言う。
「そ、そういえば、ボクに何か用事?」
「あ、そうでした」
そこでこの夏の宮を訪ねた発端の出来事を思い出して、晴暁に怪奇現象が起きていることを説明する。
子どもの鳴き声とか、物音とか、手形とか。
どの話を聞いても、晴暁は顔色を変えなかった。
「ふぅん」と小さく呟いただけだ。
「それで、妃たちの間で幽霊なんじゃないかって噂に……」
「悪い物じゃ、ないと思うけどな」
晴暁が袖で口元を隠しながら、へにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべる。
その言葉に、蘭華は違和感を覚える。
その言い方だとまるで――悪くないものは、いるみたいじゃないか。
いやいや、そんなまさか。
「一緒に現場、見てもらえませんか? この近くみたいなんで」
「え?」
蘭華が晴暁の背中を押した。
そのままずんずん外に向かって歩いていく蘭華に、晴暁が戸惑いながらももぞもぞと歩を進める。
「でも、ぼ、ボクみたいに辛気臭いのが歩いてたら、みんな嫌がるんじゃ……」
「いえ、きっと専門家が来てくれたら皆安心しますよ!」
蘭華がぐっと拳を握りしめる。
蘭華は幽霊を信じていない。信じている妃たちだって、きっと幽霊が見えているから信じているわけではない。何となく気味が悪い出来事に「幽霊」という理由を付けたがっているだけだ。
おそらく専門家から「違う」ときっぱり言い切られたら納得するだろう。
そう思って晴暁の背をグイグイと押して連れ出そうとする蘭華。
おどおどと伏し目がちだった晴暁が、ぱちくりと目を瞬いていた。
「なんかそれっぽい感じで破ァとかやっちゃってください! そうすれば満足すると思うんで!」
「ら、蘭華ちゃん、ほんとに信じてないんだね……」
完全に妃向けのパフォーマンスしかする気のない蘭華に、晴暁が苦笑いした。




