50.そんなとこ後宮の中にあるの嫌だな~!!
「帝っち聞いて~!! この前の殿方から文のお返事が来て~!!」
「マ? 返事早くない? これ絶対脈ありだって~」
「そうかな~!? ほんとに~!?」
「『我が妹』とか書いてるじゃん、これで好きじゃないとか嘘でしょ!」
「だよねだよね、もう次こっちから『我が背』って書いちゃおうよ~」
「やだ恥ずいって~」
きゃっきゃと黄色い歓声を上げながら会話をしている蘭華と妃たち。
例の宴で、結果的に十二組の男女が結ばれることになった。
妃のうちの幾人かはすでに後宮を去り、夫を得て新たな生活を始めている。
まだ後宮に残っている妃たちと官吏たちとのやり取りも、蘭華は積極的に支援した。彼女たちがここを出ていくのも時間の問題だろう。
そして帝――蘭華がお見合いおばばの真似事――もとい、恋の架け橋となったことが妃たちの間で評判になり、他の妃たちも蘭華に気さくに相談をするのがいつの間にか後宮の日常になっていた。
楽器が得意な妃を重用して楽団を作り、踊りが上手い妃たちを集めて発表と切磋琢磨の機会を与え、皆が過ごしやすい衣服を提供し、自分以外の相手との婚姻を望む場合には積極的に応援する。
妃たちからしてみれば、絶対に偽物であることさえ除けば、もしかすると近年稀に見る良い帝であったかもしれない。「帝」としての本来のあるべき姿からはかけ離れているが。
蘭華としても、妃たちから頼られることは歓迎していた。後宮から妃を減らし、密に交流のある妃を増やしていく。
そうすると必然的に後宮内での情報収集の効率も上がるし、容疑者が減ることによって暗殺者を絞り込むことも出来るからだ。
ここまでで、かなりの数の妃と交流を深めた。まだあまり深く話していないのは――夏の宮と、冬の宮。四季の宮でありながらあまり帝の前に姿を現さない二人についても、調べてみる必要がある。
直接訪ねて見るのも手だが、さてどう理由をつけようか。
そう考えていた蘭華の元に、おあつらえ向きの噂話が飛びこんできた。
「そういえば帝っち、最近この後宮……『出る』んだって」
「でる? 何が?」
「……幽霊」
こそこそと、周囲を窺いながら声を潜める妃。
蘭華は思った。
いや、幽霊て。
蘭華は神を信じていない。そしてもちろん、幽霊も信じていなかった。
だって見たことないもん、幽霊。神様もだけど。
だがここでばっさり「そんなのいるわけないじゃん」と言ってはせっかく築いてきた信頼関係にひびが入る恐れがある。蘭華はへらりと笑いながら話に乗っかった。
「え~、幽霊って、人魂とか?」
「違う違う、何かね、誰もいないはずの納戸からがたごと音がしたり、子どもの鳴き声が聞こえてきたり」
「私が聞いたのは、漆塗りのお重とか鏡に、子どもの手形がべたべた~って」
「やだ怖~」
怖い怖いと言いながらも、話す妃たちはどこか楽しそうだった。
暑い季節だし、怪談話が好きな人間と言うのは存外多い。怖いもの見たさというものなのだろう。
そこで蘭華はふと思い出した。
そうだ、夏の宮は確か陰陽寮の関係者だったはず。
幽霊やら妖怪変化やら、そういったものは陰陽寮の管轄だろう。
本来の陰陽道はどちらかといえば天文学や自然科学の範疇だが、独断と偏見でそう判断した蘭華。
「専門家のところに、話聞きに行ってみよっかな」
「え、夏の宮行くの?」
「やめたほうがいいよ」
そう考えを口にすると、妃たちが口々に蘭華を止める。
陰陽寮の関係者という以上のことを知らない蘭華は、はてなと首を捻る。
「え、夏の宮そんなヤバいの?」
「あそこ、なんか昼でも暗いしじめじめしてるし~」
「あんま近寄りたくないよね~」
「ね~!!」
「そんなとこ後宮の中にあるの嫌だな~!!」
正直なところを漏らすと、妃たちは皆「だよね~」と笑っていた。
だよね~、ではない。帝のお膝元であるところの後宮にそんな場所があってたまるか。
もとより幽霊の類を信じていない蘭華は、妃たちの制止は軽く聞き流しつつ、夏の宮への訪問を決めたのだった。




