4.あいつは卵か何かから生まれたのかと思っていた
そんな蘭華の様子をじっと見てから、燕星は苦々しげに眉間に皺を寄せる。
「……あいつの妹か」
「はい」
「…………」
蘭華が頷くと、燕星の眉間の皺がもう一段深くなった。
どうしてそんな顔をされるのだろうかと、蘭華は首を捻る。
「あの、何でしょう」
「本当に妹がいたのか」
驚愕の色を含んだ言葉に、今度は蘭華の眉間に皺が寄る。
いや、だから最初っからそう言ってるじゃないですか。
何を言っているのだろうかこの人。
確かに蘭華とその兄は見た目が似ているかと聞かれるとそうでもないが……男女で年の離れた兄弟なのだ。似ていない兄弟だっているだろう。
燕星の意図を測りかねていると、彼が確認するように言葉を重ねる。
「……金で雇われているわけではないんだな?」
「違いますよ!!」
勢いよく否定した。
否定してから思った。
兄さんならやりそう、と。
そもそも蘭華も、兄から燕星のことを「友人」と紹介されたときに思ったのだ。「兄さんに友達なんているのか」と。
金で雇われた「友人」と言われた方がまだすんなり受け入れられたかもしれない。
どうやらこの人も兄さんに相当に困らされてきたのだろうというのが言外にビシバシ伝わってきて、蘭華は燕星に親近感を覚えた。
ああ、苦労したんだな、燕星さんも。
一方で燕星は、即答した蘭華に目を瞬いて、意外そうに呟く。
「あいつは卵か何かから生まれたのかと思っていた」
「奇遇ですね、私もです」
燕星の反応に、蘭華は苦笑いした。
卵どころか岩とかから生まれていてもおかしくないくらいに人情がない、というのが蘭華の兄に対する評価だった。
「お前の兄はおかしい」
「知ってます」
「官吏学校では散々な目に遭った」
「そう思います」
「あいつが試験問題を盗もうと企てて、それに唆された者たちがいた」
「やると思います」
「俺はあいつからそれを聞かされて、止めようとしたんだが」
「話のオチが分かりました」
「何故か俺が首謀者として捕まった」
「でしょうねぇ」
蘭華は燕星の話を全肯定した。
何故なら確信があったからだ。
兄さんならやる。絶対にやる、と。
もしも試験問題の盗難を試みるとして、本気で実行するつもりならば、仲間に引き込む相手は慎重に選ぶはず。
反対しそうな相手にわざわざ伝える理由はないし、誰が反対しそうかも分からないなら他人を引き入れずに一人でやった方が良い。
あえて気づかせるということは……その人間を陥れるつもりがあるとしか思えなかった。
そして蘭華の兄は……人を陥れることにかけては手間暇を惜しまない人間だ。
何故かと言えば――藁にもすがるくらいに窮地に落ちた人間は、たいへん御しやすいからである。
「そして何故かあいつが俺の無実を証明し」
「そこから兄さんにこき使われる日々、と」
蘭華の言葉に、燕星が頷いた。
兄さんのよく使う手だ、と蘭華は思う。
買ってもいないのに恩を売りつけたりありもしない弱みを作り出して握ったり。そういうのは蘭華の兄の得意分野であった。
あの時助けてやっただろうとか恩着せがましいことを言ったり、バラされたくなければ分かっているなと脅したり。
そういう目に遭ってきた人間をどれだけ見たか分からない。
そして蘭華には分かっていた。どうせ我が兄は、その試験で満点を取るとかいう厭味ったらしい真似をしたに決まっているのだ。
蘭華が燕星に向ける目が生暖かいものになる。
そうか。私と同類かぁ。
「俺はお前の兄が嫌いだ」
「私たち、仲良くなれそうですね」
そう言って乾いた笑いを漏らした蘭華に、燕星はげっそりと疲れた顔で肩を落とした。




