44.嫁適性が高すぎる
「あの人、何押し付けてったんでしょう」
屋敷についてすぐ、蘭華は昭可から受け取った紙包みを雑に開いた。そこには一切の躊躇いはなく、燕星は一瞬あっけにとられてしまう。
困った時にと持たされたものをすぐさま開けるやつがいるか。
やや戸惑いながらも、燕星がそれを指摘する。
「困った時と言われていたんじゃないのか」
「困ってますよ、暗殺されかけてるんですもん」
蘭華は何を今さら、といった口調で言った。
どうせろくなものではない。蘭華にはその自信があった。
中に入っていたのは――陶器の小瓶だ。しっかりと栓がされていて、中身は見た目だけでは分からない。
「……化粧品っぽいですね」
「それだけか?」
「あ、あと手紙が……」
小瓶を取り出して袋を逆さにすると、ひらりと折りたたまれた紙が落ちてきた。
拾って紙を開き、その文字を読む。
――我が妹の惜しからざりし命さえ……
「いや惜しがってくださいよ!!!!」
蘭華は思わず手紙を地面に叩きつけた。
どう考えても自分の命以外につけていい枕詞ではない。妹を何と心得る。
続きを読む気にもなれず、くしゃりと紙を握り潰しながら懐に突っ込んだ。
○ ○ ○
「本殿にいた貴族たちに聞き込みして目撃者を探したが……見つけられなかった。犯行に使ったと思しき弓は本殿の外に打ち捨てられていたそうだ」
翌日後宮に戻った蘭華は、秋の宮を訪れていた。
それはそうだろう。あれだけ人がいたのだし、わざわざ証拠を持って動くはずもない。
志勇からの報告は予想通りで――だが、蘭華にとってはもっと、別の気になることがあった。
「このふかふかしたやつうま~!! 何ですかこれ~!!」
「大陸で人気の包というものだ。これは中に何も入れずに蒸したが、味付けをした肉や野菜を入れてもいいらしい」
「志勇さんをお嫁にもらう人は幸せ者ですねぇ」
「そ、そうだろうか」
秋の宮に来て食事を取らないという選択肢はないため、蘭華は昼食をご馳走になっていた。
何故か蘭華が来た時から紫雲もここにいたのだが――おそらく食事目当てだろう。だってこんなにご飯おいしいんだもん。そう思いながら、蘭華は包のおかわりに手を伸ばす。
蘭華の台詞を誉め言葉として認識したのか、照れて頬を掻く志勇。
料理上手なだけでなく、新しい文化の取り入れにまで余念がない。きっといい妻になるだろうと蘭華は頷いた。
……外見がゴリゴリに筋骨隆々の大男であることを除けば、だが。
機嫌よく包を頬張る蘭華ともじもじしている志勇。その光景を紫雲が床に落ちた雑巾でも見るような目で見ていた。
「ちょっと、アンタちゃんと話聞いてた?」
「聞いてましたけど……志勇さんこの感じで有能なのなんか、脳が受け付けないんですよね」
「それは分かるけど」
「そうか、照れるな」
「…………」
照れくさそうに笑う志勇。
蘭華と紫雲が無言で視線を交わし合う。どうやらこの男、何一つ通じていない。
「俺がもう少し早く動けていれば」
「はいはい、じめじめしたって無駄でしょ。切り替えな」
昨日のことを思い出したのか、いつもより一段眉間の皺を深くする燕星。その肩を、紫雲が扇子で突っついた。
燕星はちらりと紫雲を見て、そして一層眉間の皺を深くする。
それを見て肩を竦めてから、紫雲が蘭華に向き直った。手元の扇子を開いて、閉じて、を忙しなく繰り返しながら、つんとそっぽを向いて言った。
「まぁ、オレが近くにいる時なら守ってやれるから? 出来るだけ近くにいたら?」
「そうだな。燕星も含め俺たち三人でしっかり帝をお守りしよう!」
「アンタたちと組む気は別にないんだけど」
紫雲の言葉に志勇が同意した。
にもかかわらずつれない返事が返ってきて、志勇は頭の上に「?」を浮かべてきょとんとしている。
その表情にまた何も通じていないのを感じたのだろう。どう対応していいものかと呆れた紫雲は、結局黙ったままで包を一つ手に取って、口に運び……
「えこれうっま……ほんのり甘くてあったかい」
「少々水飴も入っているが、ほとんど小麦の甘みだな。果物と合わせてもよさそうだ」
「お前たち……」
「まぁまぁ」
また眉間の皺を深くした燕星に、隣に座るように促す蘭華。
すっかり落ち込んでいるようで、毒見もほんの少し小鳥が啄む程度を食べただけだ。のろのろと動く燕星の肩を掴んで膳の前に座らせてから、蘭華も隣に座り直す。
「燕星さんもいただきましょう」
しぶしぶと言った様子で、包に手を伸ばす燕星。
がぶりと大きく一口齧った瞬間、燕星の目がカッと見開かれた。
「……これは……蒸したことによる餅のようなやわらかさ、そして温かいことによって一際際立つ小麦の香り! 主食として主菜の邪魔はしないがこれ単品で食べても十分にうまい!!」
「燕星さんが元気になってよかったです」
皆が思い思いに絶賛しながら、食事を済ませた。
志勇は終始嬉しそうににこにこと笑っている。嫁適性が高すぎる、と蘭華は思った。
惜しい。本当に惜しい。この世に神というものがいるなら、どうしてこの人にこの才覚を与えてしまったのだろうか。




