42.だから、何です?
いつも応援ありがとうございます!
本業の多忙とストックの都合で来週?(今週?)から、水・土の週2回更新にさせていただきたく存じます。
更新頻度が落ちてしまって恐れ入りますが、出来るだけキリの良いところでUPできるよう頑張りますので、引き続き暖かく見守っていただけますと幸いです。
「やぁやぁ蘭華。危機一髪でしたね」
「……兄さん」
やっと騒ぎが落ち着き始めたところで、蘭華と燕星はそっと後宮を抜けだした。
蘭華としてはもう少し現場を調べておきたい気持ちもあったが、一番の標的であろう帝がこの場に留まるのも不自然だ。
矢も、見る限りいかにもな量産品だった。一本三銭もしない安物で――検分したからと言って、何か分かるとも限らない。
さすがの犯人もわざわざ証拠品を提供するような真似はしないだろう。
そう結論付けて、後のことは志勇と紫雲に任せて、裏口を出て隠れ家に向かった。
そしてその門をくぐったところで――、声を掛けられた。
帝が用意したこの屋敷のことを知る者は限られている。燕星が一瞬身構えたが、蘭華がすぐにその腕に手を添えて、その必要はないことを伝えた。
声を掛けたのは――蘭華の兄、昭可だったからである。
危機一髪、ということは、事件のことを知っている。加えて昭可が宮中に赴く時にしか身に着ける必要のない冠と狩衣を纏っていることからも、彼が射礼に参列していたことが窺えた。
蘭華にとっては、少々意外だった。陰で暗躍することを好む兄である。後宮にも宮中行事にも、興味はないと思っていたからだ。
「来てたんですね」
「そりゃあ来るに決まっていますよ。お前が殺されたら他の人間に手柄を横取りされないように、いの一番に駆けつけないといけませんから」
胡散臭い笑顔でそう言い切られて、蘭華は眉間に皺をよせた。
そうだった。この人――後宮にも行事にも興味はないが、人の不幸は大好きなんだった。
「私の見立てでは今日で四割がた死ぬだろうと思っていたのですが。当てが外れたな」
昭可の言葉に、蘭華は先ほどの光景を思い出す。
蘭華がほんの数瞬前までいたところに突き立った矢は、儀礼用の、宝飾品の色が濃い値打ち物ではない。狩りや戦で使うような、実用的な物だった。
矢の長さからいっても、使われた弓は射礼の儀氏起用のものより小さいはず。
それこそ――袖や懐に隠してしまえるくらいの大きさの弓矢が、使われた。
燕星があのスピードで気が付いて走り出しても捕らえられなかったのは、そのあたりも関係しているのだろう。逃げることを想定するなら、身軽な方が良いのは当たり前だ。
五つめの的にきちんと儀礼用の矢が刺さっていたことからも分かる通り、この矢は後宮を――蘭華を狙って放たれたものであり、的を狙うはずの矢が外れたものでもない。
つまり――故意に蘭華が、帝が狙われたことには、間違いないのである。
あの場に集まった誰もが、儀礼用の弓を放つ射手とその矢の行き先に注目するその瞬間に――別の弓矢を使って、蘭華を狙った。
燕星が一番先に、異変に気が付いた。そして本殿に駆けて行ったということは、蘭華には視認できなかったが、矢の軌跡がそちらから来ていたのだろう。
燕星が気づかなかったら、当たっていたかもしれない。
そうしたら蘭華は、生きていたか分からない。
そういう意味では、兄の言葉はあながち的外れなものではなかった。
だからこそ助かったのは儲け物だと、蘭華は思うのだが。
「おい、」
燕星の低い声に、はっと顔を上げる蘭華。
蘭華のすぐ後ろにいた彼が、蘭華の頭越しに昭可の顔を睨みつけていた。
「おや燕星。貴方も無事で何より。うちの愚妹を救ってくれて――」
「連れて帰れ」
「はい?」
燕星が蘭華の着物の首根っこを掴んで、昭可に突き出した。
実際に抱えて逃げたのは紫雲だと伝えようとした蘭華は、それもままならず、ぐえ、と潰れた蛙のような声を出すだけに終わった。
息を詰まらせ詰まりながらも、燕星を見上げようとする蘭華。
余りに雑に掴まれたものだからふざけているのかと思いきや、燕星はひどく真面目で――苦々しい顔をしていた。
「もう少しで死ぬところだった」
「今生きているじゃありませんか」
「お前、」
昭可が例によって笑い飛ばすと、燕星が蘭華の首根っこから手を放す。
蘭華が一息ついたのもつかの間、燕星がそのまま、今度は昭可の胸倉を掴み上げた。
「妹だろう!! 血の、繋がった……!!」
「ええ、はい」
怒りの滲んだ唸るような声音と眼光にさらされながらも、昭可ははてなという顔をして――そしてやはり、胡散臭い笑みを浮かべて首を傾げた。
「だから、何です?」
「何、だと」
「帝を拐かしたら私まで大罪人になってしまうじゃありませんか。誘拐犯は身内に一人いれば十分でしょう」
はっはー、と昭可の乾いた笑いが響いた。
燕星がぎり、と奥歯を噛み締める。その二人を見上げて、蘭華は「ああ、水と油だ」と思った。
実妹を道具のように扱うことに躊躇いがない昭可と、縁もゆかりもない蘭華のことを、女子どもだからというだけの理由で庇護しようとする燕星。
どこまで行っても相容れない。それは仲がいい訳がないのである。
燕星さん、ちゃんとしたお育ちですもんね。私や、兄さんと違って。こんなにまともな人が、巻き込まれて可哀想に……と、蘭華は心の中で合掌した。
変にまともなのが災いして、昭可にいいように利用されているとも言えるだろうが。




