38.性格が悪くて意地も悪くて根性も悪くて
「何その顔。どういうやつなんだよアンタの兄貴」
「いやー……えーと。とにかく性格が悪くて意地も悪くて根性も悪くてですね……」
「目」
もう一度言われて、また目を閉じる。
閉じた瞼の裏側に、兄の姿を思い描いた。
人を食ったような笑顔は、子どもの頃から何も変わらない。幼い頃の食生活はほとんど似たり寄ったりだったのに、何故兄だけあんなに背が伸びたのか。
一人でこっそり何かおいしいものでも食べてたんじゃないかと蘭華は疑っている。
「でも、ほんとうに頭が良くて。ずっと私や、他の孤児の面倒を見てくれていたんです。読み書きを教えたり、お金を稼ぐ方法を考えたり。それをたまたま白家のご頭首が見つけて、――自分の養子にって」
白家の当主――養父と出会った時のことを、蘭華は今でもはっきりと覚えていた。
豪華な着物を着た男が、突然家に現れたのだ。
兄はその男が騙されそうになったのを助けたのだという。小狡い商売人がその意趣返しに、兄が広げていた読み書きの道具を蹴っ飛ばした。
咄嗟に子どもたちを庇った兄を見て、兄が自分と同じ境遇の子どもたちに勉強を教えていたことを知ったのだ。
蘭華も馬鹿ではない。
兄が何の損得勘定もなく他人を助けるような人間ではないことは、幼い頃からよく知っていた。
おそらく吹っ掛けられているのが貴族だと知ってわざと止めに入ったのだ。わざと勉強道具を見せて、子どもを庇ってみせたのだ。
そうして目を引こうとして――その目論見は見事に当たっている。
ただし、その貴族――養父が少々度を越したお人よしだったことは、おそらく想定外だっただろうが。
蘭華のこともそうだ。弱った小さな妹がいる方が、兄にとって都合がよかった。より同情を引こうとして、そのダシに使われたのだ。
そうでなければ切り捨てられていたと思う。
だが、それでも蘭華が今ここで飢えることなく生きているのは、まぎれもなく兄のおかげであった。
「私は、オマケというか。兄さんと一緒だったから拾ってもらっただけなんです。兄さんが『妹も一緒に』って言ってくれなかったら、私はここにいませんから」
「…………」
蘭華の言葉に、紫雲は黙ったまま何も言わなかった。
苦労をした出自である紫雲もまた、何か一つ、些細なことが違ったら、ここにいなかった。それが分かっていたからかもしれない。
「はい、出来た」
「おお……!」
蘭華が鏡を覗き込む。
最初に会った日よりも「藍皇帝に似せる」ことを重視した化粧は、素晴らしい出来栄えだった。
もちろんそっくりとは言わないが、パッと見た時の印象が藍皇帝に近づいている。
もともと背格好は似ているし、細かいところはさておき、遠目ならなんとか誤魔化すことができるだろう。
「ありがとうございます、紫雲さん!」
蘭華がにっこり笑って、紫雲に礼を言う。
どんな時でもお礼は笑顔で元気に、が蘭華のモットーだ。何故なら言うのはタダだから。
「ああはいはいもう二度とやらないから」とか、「言っとくけど全然似てないから」とか、憎まれ口が飛んでくるのだろうと思っていた。
だが、待てど暮らせど紫雲からは何の言葉も飛んでこない。
不思議に思って、蘭華が紫雲の顔を見上げる。
何とも気まずそうにそっぽを向いているが、――その耳が、赤かった。
「似せすぎたかも」
「はい?」
「…………ちょっと何見てんの」
「顔」
蘭華と燕星の声がかぶった。二人揃って紫雲に扇で頭を叩かれた。




