37.アンタの兄さん、気が合いそう
「というわけなので何とかしてください紫雲さん!!」
「アンタオレのこと便利屋だと思ってるだろ」
「やだな思ってませんよ~!!」
蘭華が笑って誤魔化した。「ね! 燕星さん!」と話を振ろうとするが、燕星は蘭華の背後で仁王立ちして、ぼんやり鴨居を眺めている。会話に参加する気が毛頭なかった。
燕星を巻き込むのは諦めて、紫雲に向き直る。紫雲は頭に手をやりながら、つんとそっぽを向く。
「他を当たって。オレだって暇じゃ」
「だって一番本物の帝に詳しいのは紫雲さんですから! 紫雲さんが適任なんです!」
「……一番?」
「はい」
そっぽを向いていた紫雲が、ちらりと蘭華に視線を向けた。
蘭華は内心で「かかった!」と拳を握りながらも、揉み手で紫雲を褒めそやす。
「確かに帝が美しいのは私だって知ってますけど。でもどこがどんなふうに、とか、言語化できませんし。憧れているだけじゃなくて帝のことをよく理解されているのが伝わってきます」
「まぁ、……多少はね?」
「そして紫雲さんご自身もお美しいですからね、もう説得力が抜群なわけです。その美意識たるや後宮一ですから」
「分かってるじゃん」
ふふんと自慢げに鼻を鳴らす紫雲。
あまりの御しやすさと調子のいい誉め言葉に、燕星が二人の顔を交互に見比べる。
よくもまぁそんな、思ってもないことを。そしてよくもまぁそんな、分かりやすい反応を。
「そういうわけで、もう私のような野犬が遠目になんとかギリ帝の体を保つには紫雲さんしか頼れる人がいないんですよ~!! どうか!! 何卒!! お助けください!!」
「ふーーーん??」
そっぽを向いていたはずの紫雲はいつの間にか体の正面を蘭華に向けていて、その口元にはにやにやと笑みが浮かんでいる。
両手を合わせて頭を下げる蘭華を前にして、ポーズだけは一丁前に「仕方なさそう」に、腕を組んだ。
「しょーーーがないから手伝ってあげる」
「っしゃ!」
蘭華が小さく拳を握った。「計算通り!」というのが顔に書いてある。
燕星はまんざらでもなさそうな紫雲に憐みの視線を向けた。
「…………何見てんの」
「顔」
視線に気づいた紫雲の問いかけに、燕星が適当に答える。
無表情で言い放たれた言葉にしばらく無言で不機嫌そうに眉根をよせた後で、蘭華を振り向く。
「ねぇアンタの周りの男何でみんな変なの?」
そう当てつけがましく言うが、紫雲は気づいていない。女装して妃に成りすましている自分もその「変な男」の一員であることに。
紫雲が奥に引っ込んだかと思うと、すぐに化粧道具の入った箱を持ってきた。
少しでも帝に似せるための化粧の予行練習だ。何故蘭華がここまでその努力を怠っていたかと言われると、それはごもっともな指摘ではあるのだが……正味みんな偽物だってわかってるし、という諦めの為せる技とも言える。
蘭華は紫雲の前に座って、紫雲の説明を聞きながら化粧の手ほどきを受けた。
おしろいの塗りすぎにぶちぶち文句を言いながら、紫雲が化粧筆を蘭華の顔に沿わせてふわりとなぞる。
「ていうか藍様青み肌なのにアンタ黄み肌じゃん。それで影武者ってほんと笑える」
「紫雲さん以外は誰もそんなとこで人を判断してないと思います」
「はい口閉じて」
ぽんぽんと飛び出る大陸の言葉に文句を言うが、ぴしゃりと切り捨てられた。
蘭華がしぶしぶ口を閉じると、紫雲が小指に紅を乗せ、それを蘭華の唇にぽんぽんと軽く押し付けていく。
「だいたい何で藍様のフリするわけ。普通に女官で潜入すればいいのに」
「き、妃として潜入してる人が何か言ってる……」
「はい目を閉じる」
言われて、慌てて目を閉じた。
瞼のあたりを筆が行ったり来たりしている感覚がこそばゆい。
「兄さんには『お前には女官すら務まりませんよ』って言われました」
「アンタの兄さん、気が合いそう」
紫雲の言葉に、蘭華はただ乾いた笑みを浮かべただけだった。
兄さんと気が合う人間とかたぶんこの世にいないと思う。
実際に蘭華の兄を前にしたら、「何コイツ死ぬほど失礼なんだけど」とキレる紫雲が目に浮かぶようだった。




