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偽物帝の後宮暮らし ~暗殺寸前の帝の影武者になったので、ついでだから後宮改革してみます~  作者: 岡崎マサムネ


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36.でないとさすがに、処されるかも。

「ていうかそもそも、暗殺者って本当にいるんですかね」

「何を今さら」

「だってここまで、全然身の危険感じてないじゃないですか」


 蘭華の言葉に、燕星が黙った。

 確かに今のところ、蘭華の――帝の身を脅かすような出来事は起きていない。

 それが「今のところ」なのか、「これからもずっと」、なのか。それは蘭華には分からなかった。


「紫雲さんに襲われた時も、燕星さんは助けてくれなかったし」

「一応見に行ったらじゃれてただけだったからな」

「燕星さんも私のこと野犬か何かだと思ってますよね……」


 じとりと蘭華が燕星を睨む。

 湿度の高い視線を受けて、燕星が肩を竦めた。そこには肯定も否定もなかったが、つまりはそういうことである。

 蘭華はふんと鼻を鳴らして、指先で紙を弄る。


「まぁ、私はいいんですけどね。このまま平和にことが進んで、どんどん後宮の支出が減って収入が増えて、っていう成果しか得られなくても。というかそれが一番いいかもしれないですけど」

「仮に暗殺者がいなかったとしたら」


 蘭華が頬杖をついて新たな冊子に手を伸ばしたところで、燕星が静かな声で――やや呆れを滲ませながら言った。


「俺たちはどうなったら解放されるんだ」

「…………それは確かに」


 それで成功報酬をもらいそびれるのも困ると、蘭華は真顔で頷いた。


 会話が途切れて、ぱたん、と、冊子を開く音がやけに大きく聞こえ――しばしの沈黙に、紙をめくる音だけが響く。

 それを見ていた燕星が、刀を腰から外して手入れを始めた。


 二人がそれぞれに自分の仕事をしているだけの時間が過ぎる。

 会話はなかったが、二人にとってそれは特に気になるものではなかった。

 刀を光にかざして刃こぼれを確認しながら、燕星が思いついたように言う。


「そういえば、準備はいいのか」

「射礼のですか? 今まさにやってるとこですよ、ほら」

「そうじゃない」


 印をつけた頁を見せる蘭華に、燕星が自分の刀から目を離さずに言う。


「お前の準備だ」

「私です?」

「射礼には妃だけではなく宮中の官吏や貴族も来る」

「知ってますけど」


 蘭華がはてなと首を傾げる。

 燕星が確認を終えた刀を鞘にしまった。しゃりんと鞘走りの音がする。


「帝の顔を知っている連中も来る」

「…………あ」


 燕星の言葉に、蘭華がぱかんと口を開け放した。

 そして開いていた冊子に他の冊子を挟み込むと、どたばたと立ち上がる。


「は、早く言ってくださいよ燕星さん!!」

「相談されてないからな」

「前に兄さんと同類って言ったのまだ根に持ってます!!?」


 帝の顔が分かる人間が来る。

 それは影武者の蘭華にとって一大事であった。それに今気が付いた。

 何せ目と鼻と口があることと背格好くらいしか似ていないのだ。


 蘭華たちがいる後宮の月の御殿と官吏たちが集う本殿の間には、それなりの距離がある。

 だが、皆が注目するのは、射手を除けば後宮側の的と妃たちだ。

 つまり妃たちと一緒にいる帝――蘭華もそれなりに衆目にさらされることになる。

 というか帝である。見られるに決まっていた。


 閉じられた世界である後宮とは違い、なんちゃって影武者でしかない蘭華のなんちゃって変装が通用しない可能性が高い。

 部屋の隅と隅まで離れて目を細めてみるとギリ似ている、のレベルではいくら何でもまずかった。

 何としても変装の質を上げなくてはならない。でないとさすがに、処されるかも。


 いやにゆっくり悠長に立ち上がる燕星。完全に蘭華に対する意趣返しであった。

 ばたばたと足踏みしても待ちきれず、蘭華は燕星を半分置いてけぼりにしながら、春の宮に向けて駆け出した。


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