35.燕星さん……もしかしてお友達が少ないから……?
蘭華の前に、どさどさと巻物が積み上げられていく。
それを見て、蘭華はきらきらと目を輝かせた。
「俺の一つ上の代と、俺の代、その下の代の官吏学校の卒業生名簿だ」
「ありがとうございます燕星さん!! いや~燕星さんが官吏学校出ててよかった~! 持つべきものは高学歴の知り合いですね!!」
蘭華がうきうきした様子で名簿を広げていく。
「じゃあ、今から私が名前を読み上げていくので、既婚者は教えてくださいね」
「は?」
うきうきしながら朱墨を筆に浸した蘭華に、燕星が口を開け放した。
名簿に一体何人の名前が載っていると思っているのか。……いや、もし蘭華が自分の立場なら、全員の既婚未婚、果ては値段まで覚えているような気がする。
だが。それを標準だと思わないでもらいたい。呆れて額を抑えながら呟く。
「そんなもの全部は覚えていない」
「えっ……燕星さん……もしかしてお友達が少ないから……?」
「お前の兄のせいで散々な学校生活だったからな」
蘭華がふざけると、燕星は嫌味で返した。
兄のせいで濡れ衣を着せられた燕星の青春時代がが灰色だったことを察した蘭華は、乾いた笑いを浮かべて誤魔化す。
そしてもう一度巻物に向き直ってから、思いついたように言う。
「じゃあ射礼の会に来てくれそうな人、でもいいですよ。未婚既婚は二の次です」
「いいのかそれで」
「位の高い貴族の妾と、位の低い貴族の正妻――どっちがいいかは人によりますからね!」
妃を穏便に追い出して人件費カット、うまくいけば男側から紹介料をせしめられるやも。
ぐふぐふと笑いをかみ殺してから、蘭華が名簿に載っている名前を読み上げ始めた。
○ ○ ○
そうして選び抜いた官吏学校の卒業生に射礼の招待状を届けさせた。勅命とまではいかないが、帝の名前の入った手紙だ、そうそう断ることは出来ないだろう。
射礼の儀は宮中で行われる。当代の凄腕の射手を集めて、後宮に渡る橋の向こう――本殿の屋根の上から、後宮の月の御殿の的に向かって矢を射るのだ。
その命中率で豊穣を占う――といいつつ、弓の名手が選ばれるのでそうそう外れることはないわけだが。
普段は窺い知ることが出来ない後宮の様子を、橋の向こうからではあるが垣間見ることが出来る。
貴族たちの間でも人気の行事だ。
「それで、垣間見――といえば、恋が生まれる定番ですよね」
「言うほど定番か?」
「少なくとも、女性の間では『素敵な殿方に見染められて恋愛結婚♡』は憧れですから」
言いながら、今度は見学に参加する妃の選定を進める蘭華。
男たちの経歴や好き嫌いなど、燕星から聞き取りした情報をもとに、見合う妃を探していく。
妃たちの情報は志勇が調べたものを拝借した。公式に帝から渡された資料よりも詳しくて助かる。あの風体でどうやらきちんと暗殺者の調査をしているらしいから驚きだ。
どうして優秀なんだ、あれで。
「ここでお互いの姿を見てこう、ビビッと来てしまったところを、帝が広~い心で許して円満退職、下賜された妃は将来有望な官吏と愛し愛され、幸せな家庭を築きました……っていうのが、一番丸く収まるわけです」
「そううまくいくものか?」
「見合いおばばみたいなビビッと、は私には無理ですから。堅実に価値が合いそうな面子を集めることにします」
「せめて『価値観』と言え」
「これで何人か片付いてくれるといいんですけどね~」
ぺらぺらと紙を繰りながら、蘭華がひとつ息をつく。
その様子に、燕星が軽く肩を竦めた。
「それぐらい真剣に暗殺者の方も探してほしいものだが」
「そのうち志勇さんが見つけるんじゃないですかー、あの人不思議と有能ですし」
手ごろな妃を見つけて、その頁に目印になりそうな紙を適当にちぎって挟む。
やはり若くて器量よしの娘を揃えるのがいいものか。それともある程度ばらつきがあった方が成婚率が上がるのか。悩ましいところだ。




