27.いやいやいや、余、帝ですよ。ほら、どっからどう見ても
「間抜けな顔」
はん、と春の宮が顔を歪めて笑う。
その艶やかさも繊細さも感じられない言葉と表情に、蘭華はぽかんと口を開け放してしまう。
目も一緒に見開いている蘭華に、春の宮が吐き捨てるように言った。
「お前が藍様なわけねーだろ、ブス」
「ぶす!!??」
浴びせかけられた言葉に、鳩が豆鉄砲を食らったようになっていた意識が高速で駆け戻ってきた。
ぶ、ぶす!!??
他人様の顔を捕まえて、ブス!!??
確かにたいそうな顔ではないし、帝や春の宮と比べればそれはもう一般人らしい顔つきではあるが、だからと言って面と向かってブスと言われる筋合いはない。
憤慨した蘭華は笑顔を取り繕いながらも言い返す。
「い、いやいやいや、余、帝ですよ。ほら、どっからどう見ても」
「喋んなイモ」
「いも!!!???」
蘭華が悲鳴のような声を上げた。
それは出身が田舎だから? それとも金がなくて芋の蔓煮て食べてるから????
混乱しながら、目の前の春の宮を見る。
大広間で見かけた時の雰囲気とずいぶん違う。とても貴族の子女とは思えない蓮っ葉な言葉遣いだし、蘭華の上に乗っかって片膝を立てている姿も、つつましやかな女性像とはかけ離れている。
そして押し倒した蘭華の両手を、簡単に片手で束ねて床に縫い付けていて――暴れようとしてもあっさりと抑え込んでいる。
声も、低い気がする。
「藍様はなあ、もっと高貴で美しくてたおやかでこの国の誉め言葉全部使ったって言い表せないくらいの人で」
その辺りを総合して、蘭華は結論を出した。
――この人、男だ。
「とにかくお前みたいなへちゃむくれとはぜんっぜん違うわけ。分かる?」
「えーっ……とぉ」
じたばたと藻掻いてみるが、びくともしない。
逃げるのは無理だと判断して、春の宮の顔を見上げる。
ゴミ虫を見るような目をしていることさえ除けば、やはりとんでもない美女だ。――美女にしか、見えない。
志勇に爪の垢を煎じて飲ませたい、と思った。
先ほどの悲鳴を聞いていれば、燕星がすぐに駆け付けるはず。それまでの時間を稼げればいい。そう考えて、へらりと笑みを浮かべる。
「よ、余のこと好きすぎじゃなーい??」
「お前じゃなくて藍様」
ぴしゃりと言い切られる。
蘭華が帝ではないことは分かっていると言わんばかりの口ぶりに、少々違和感を覚えた。
そりゃあ帝の影武者とか無理がある、と蘭華自身も思ってはいた。
だが妃たちは本物の帝には会ったことはないはずで、断定するだけの材料はない、はず。
もしかして。
蘭華は気づいた。
この男は――会ったことがあるのか。本物の、藍皇帝に。
「アンタなんか藍様じゃない」
「でもほら、着物だって」
「着こなしがなってない。肩のところに余分な線出ちゃってるし大きさ合ってないんじゃないの? 裾の丈感も藍様と一寸も違うし合わせる気ないわけ? だいたい藍様は吊り眉垂れ目なのにアンタ眉平行だし吊り目だし藍様見たことあんの? 化粧も肌の色に合ってないし本当にブス」
つらつらと並べ立てられて、蘭華の中で何かがぷちんと切れた。
口ぶりからして本物の藍皇帝に会ったことがあるのは間違いないらしいが――それにしたって眉毛の角度とか覚えているのは常軌を逸している――そんなことよりも。
何回ブスって言うんだ、この男。
「ぶ、ぶすぶすって、帝に向かって……!!
「だからアンタ偽物だろ」
声を荒げた蘭華を、男が冷ややかな目で見下ろす。
その目はぞくりとするくらいに、ほの暗い。蘭華はその目に、見覚えがあった。
街の路地裏に隠れ住んでいた頃に、何度も見たことのある目だ。
人を――殺したことのある人間の目だ。
「何で藍様のフリしてるんだ。言え」
男は平坦でありながら、どこか脅すような響きを含んだ声で言う。
広間で聞いた、女と言われても不審に思わないようなころころとした声音とは、全く違う。
「本物の藍様はどこで何してる」




