26.暗殺されたら死ぬしなぁ。
「……どう思います?」
「少し強引な気がするな」
「ですよね」
射礼に備えるための舞踊の練習を見学しつつ、蘭華と燕星はぽつぽつと作戦会議をしていた。
音楽や足音、衣擦れの音が常に鳴り響いており、周囲に人がいるものの意外と内緒話に向いた環境になっているのだ。
蘭華は頬杖をつきながら、春の宮の誘いを思い返していた。
まずもって、女から男を直接誘うというのがなかなか珍しい。歌や文で通ってくれないことの寂しさを綴るあたりが定石だ。
それを白昼堂々直接対面で、しかも後宮の廊下という人目のある場所で、というのがどうにも引っ掛かる。
まるで――帝を騙る蘭華が簡単には断らないようにするため、という意図を孕んでいるように感じられた。
春の宮の陶磁のようなすべらかな白い肌と、黒々とした長い睫毛を思い浮かべて、うーんと唸る。
「てことは、あの人が暗殺者か、その仲間……?」
「どうする。行くのか」
「行くしかない、ですけど」
そう、行くしかないのだ。
断れない流れだったので致し方ないのだが、それでも他の妃や女官のいる場で「行く」と言ってしまったのを、今さらなかったことにはできない。
これをきっかけに偽物だなんだと因縁をつけられる可能性もある。
だが見方を変えれば、そろそろ秋の宮以外の四季の宮の情報も欲しいと思っていたし、渡りに船ともいえる。
――虎穴に入らずんば虎児を得ず、というやつである。
無理やり前向きな思考に切り替えようとする蘭華だが、ちらちらと横切る「死」の影がそれを許さない。
いやだって、暗殺されたら死ぬしなぁ。
しばらく考えた後で、隣の燕星を見上げた。
「燕星さん。なんか今からでも覚えられる護身術とかって」
「そんな都合のいいものはない」
「ですよね~」
すこぶる付きで腕が立つことが発覚した燕星に尋ねてみたが、すげなく言い切られた。
まぁそんなものがあったら皆苦労しないと思うので、それはそうだろう。
肩を落としてため息をつく蘭華に、燕星がふんと小さく鼻を鳴らす。
「呼ばれればすぐに駆け付ける。悲鳴の練習でもしておけ」
「う、後ろ向きな練習……」
◯ ◯ ◯
不安に駆られながら春の宮に渡った蘭華たちだが、突如として切りかかられる――ようなことは特になく、平穏に時が過ぎていった。
燕星と春の宮の童女と二人がかりで――思えば蘭華と燕星では体の大きさが違うので、体の大きさが近い童に毒見をさせるというのは理にかなっている――毒見をしたうえで食べた食事にも毒は盛られていなかったし、出身地の名産品だという絹糸を見せてもらって会話をしたりと、ひどく和やかに時間が過ぎていた。
そして夜も更けてきた、その後。
寝支度を整えたあとに寝所に通され――布団の上にもじもじと座っている春の宮の姿を見て、蘭華ははっと思い至った。
秋の宮……志勇のところでは早々にお互いの正体をばらしたので何もなかった。だからすっかり忘れていたが、そうか。
普通は帝と妃、褥を共にするのか。
三つ指をついて礼をする春の宮を前に、ぶわりと汗が噴き出した。
え。
ええと、ええと。
どうしよう。どう乗り切ろう。
だって普通に何もできないし。
そういう間違いが起きないようにわざわざ女から影武者を選んだわけだし。
み、帝まだ、十三歳だから。何も分かんない、みたいな、そういう感じで何とか、何とか。
へどもどしながら、蘭華は右手と右足を同時に出して、寝所に足を踏み入れた。
ぎこぎこと油の切れたおもちゃのように歩いて、布団に足を載せる。
そっと蘭華のほうに伸びてきたたおやかな手が、蘭華の手を取った。
白魚のような、細くて美しい指が、蘭華の指に絡みつく。
蘭華の脳内が一気に沸騰する。
うわー、うわー。
すっごいいい匂いがする、違う、そうじゃなくて、うわ、うわうわうわ、どうしよう、まず何て言うんだっ、け?
ぐるん。
蘭華の視界が回転した。
次の瞬間気が付くと、蘭華の眼前には――春の宮の顔が、広がっていて。
さらりと春の宮の髪が一束、蘭華の顔にかかる。
春の宮に押し倒されたのだと――やっと、理解する。
「え、」




