25.田舎のお見合いおばば
数日後。後宮の廊下を歩きながら、蘭華が巻物を手に頭を悩ませていた。
「せっかくですから射礼の時に何人か下賜したいんですよね」
「下賜」
「どうせなら、いい人と巡り合って円満退職してもらえるのがお互いにとって最善かなと思って」
「それで美しい順に妃の身上書をよこせと言ってきたのか」
燕星が眉間に皺を寄せる。
非常に言いづらいお使いを済ませた燕星としてはその顔にもなろうというものである。
女官の目が痛いことこの上なかった。
燕星が冷たい視線を浴びながら手に入れた名簿を受け取ってからというもの、蘭華はそれを矯めつ眇めつ眺めながら、うんうんと唸ってばかりいる。
「田舎のお見合いおばばみたいに出来たらいいんですけど」
「お見合いおばば」
「近所にいたんですよ。こう、見ると分かるんですって。この人とこの人をくっつけたら首尾よくいく、っていうのが」
「すごい婆だな」
蘭華は頷いて、件のおばばを頭に思い浮かべる。
本当にものすごい手腕であった。そしてそのすごい婆の手腕をもってしても一件たりとも話がまとまらなかった蘭華の兄は、近隣のお宅ではもはや呪われていると噂されていた。
はたと、蘭華は隣の男が兄の官吏学校時代の同窓生であったことを思い出す。
「燕星さん、知り合いに結婚相手をお探しの方は」
「知らん」
「というか燕星さんも独身ですよね?」
「だからなんだ」
目を輝かせて詰め寄ってみるが、取り付く島もない。
今は取り急ぎ護衛に集中してほしいので……そうでなければ蘭華は普通にさっくり暗殺される恐れがある……燕星本人のことはさておき、官吏学校の卒業生なら将来有望。下賜先としては申し分ない。
燕星によい人材を紹介してもらうのが一番話が早かったが……燕星はお世辞にも女がらみのあれやそれやが得意そうには見えない。
この態度では仲人は無理だろうと蘭華は早々に見切りをつけた。
商売に置いて、損切は早い方が良い。
「たぶん燕星さんは見合い婆の才能ないので、官吏学校の名簿よこしてください」
「どういう意味だ」
燕星がまた眉間の皺を深くしたのを無視して、蘭華は巻物をくるくると巻きなおす。
そして思いついたように話題を変えた。
「そういえば。やっぱり衣服にかかるお金も節約したくて。ここは女官を参考にして、妃の皆さんにも制服を……」
「帝」
凛とした声が聞こえて、蘭華は咄嗟に背筋を正す。
まずい、聞かれていたか。そう思ってちらりと燕星に視線を向けると、微かに顎を上げた。
特に問題ない、ということらしい。燕星が言うならそうなのだろう。
だが……礼をした妃の姿からは、妙な緊迫感が漂っていた。
「妃たちを後宮から追い出しているというのは本当にございますか」
「いやいや、追い出してるなんてそんなそんな。え何、どしたん? 話聞こか??」
「見目麗しい妃たちから順にどんどんと後宮を出て行っていると聞いて、わたくし、不安で……」
よよよ、と泣き崩れる妃。
妃はちらりと流し目を蘭華に向けてから、はらはらと大げさに涙をこぼす。長い睫毛に光の粒が輝いていた。
「次は、わたくしなのではないかと」
「お、お~???」
蘭華は思わず言葉に詰まった。
確かに目の前の妃はとても美しい。
いや美しすぎると言っても過言ではない。
これまで見てきた妃達のなかでも相当の美しさで、ぬばたまの黒髪に切れ長の瞳、雪のように白い肌にたおやかな指先、床に臥す仕草のひとつひとつに至るまで、まるで絵画のようだった。
ずば抜けて美しい女性であること自体に異論はない。
だが蘭華は思った。
自分で言うんかい、と。
「え、えーと、そなたは……」
「春の宮です。帝」
「春の宮!」
燕星の耳打ちを受けて、蘭華は妃――春の宮に駆け寄った。
そしてその肩にそっと手を添える。びくりと春の宮の身体が強張った。
「さ、さすがに四季の宮の皆を追い出したりはしないよ~! 余のために集まってくれたんだもんね! ね!!」
「余の、ため……」
春の宮が小さく呟く。その呟きに、蘭華はよく分からないながらも頭をぶんぶん振って同意を示す。
震える唇から桃色の吐息をこぼした春の宮が、ちらりと蘭華を見上げる。
見るものすべてを魅了すると言っても過言ではない、傾国の上目遣いであった。
あまりに間近で浴びた「美」に、蘭華の脳が揺れた。脳の中ではぐるぐると数字が巡っている。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、……
「帝。それでしたら……今夜はわたくしのところに、通ってくださいますか?」
「も、もっちろーん!! 余、嘘つかなーい!!」
はっと数字の世界から我に返った蘭華。どんと自分の胸を叩きながら、乾いた笑いを浮かべる。
その様子を、燕星が冷めた眼差しで見つめていた。




