18.私の左腕は高く見積もって五千金がいいとこ
「女子どもが無茶するな!!」
燕星が怒鳴った。
その言葉に、蘭華はぱちくりと目を瞬く。
「だから嫌だったんだ、子どものお守りは」
吐き捨てるように文句を言う燕星。
対する蘭華は、その言葉の意味が上手く飲み込めない。
女子ども、とな。
確かに燕星から見れば蘭華などちんちくりんの子どもであろうが、――これまであまり子ども扱いされてこなかった蘭華にとっては、意外な反応であった。
それどころか、無茶をしてナンボの環境に肩までずっぽり浸かって生きてきたのである。
そうしないと、生きてこられなかった。
自分のことを手放しで子ども扱いするのは、養父くらいだった。
慣れない扱いにどうしたものかと戸惑いながら、とりあえず燕星の怒りを収めようと、両掌を燕星に向けて「どうどう」と身振りで示す。
「大丈夫ですよ、燕星さん」
「何がだ」
「この荷車に乗ってる荷物だけで、二十万金は下りません」
「だからなんだ」
「対して、私の左腕は高く見積もって五千金がいいとこです」
今度は燕星が目を見開く番だった。
彼の口から、「は」と、小さな声が漏れる。
何を、言っているのだろう。
この、娘は。
「もちろん両腕とか足になってくると話が違いますけど」
「何の、話だ」
「だからですね!」
蘭華はニコリと歯を見せて、まるで自慢をするような笑顔で言う。
「左腕一本までなら、差し引き得なんですよ!」
ぞくり、と。
言い知れない恐怖が、燕星の背筋を走った。
恐怖、と言うのが正しいのかは分からない。
だが燕星は……十六歳の少女がこの発言をしたことを、恐ろしいと思った。
懐から出した小刀。もしこの男を燕星が倒さなかったら……蘭華は。
一体何を切り落として、男の手から逃れるつもりだったのだろう。
彼女の言葉を聞くまで思いもよらなかった可能性に気づいて、息が詰まる。
手に携えた刃物を護身ではなく、我が身を切り捨てるために使うなど、想像もしなかったのである。
身近に護衛である、自分がいるのに、だ。
それでは、自分が守られないことを前提にしているも同じだ。
十六歳の少女が、その決断を自ら下すということが、どういうことか。
燕星には、それがひどくおぞましく――悲しいことに思えた。
そして――彼女が帝の影武者を請け負ったのだという事実が、燕星の両肩に改めて、実感を持ったものとしてのしかかってくる。
まだ十六歳の、子どもだ。女の子だ。それがどうして、こんなことに。
「蘭華」
目の前にいる少女の肩を掴む。膝をついて、彼女の目を見て、その名前を呼んだ。
きょとんとして、どうして燕星がそんな顔をしているのか、分かっていなさそうな――少女の名前を。
蘭華は「はい」と返事をした。
その声は、どこまでもあっけらかんとしたものだ。それにもショックを受けながら、燕星は喉の奥に張り付いた言葉を絞り出す。
「得なわけあるか」
燕星が掠れた声で、呟くように言う。
注意深く聞かないと分からないくらいの声に、蘭華は首を傾げながら耳を澄ます。
「得なわけ……ないだろうが」
「……ええと」
奥歯を噛み締めながらそう言われて、蘭華があからさまに困惑したような声を出す。
急に保護者めいたことを言い出す燕星の頭を見ながら、蘭華は思う。
表情こそ無愛想だが、この人はきっと、お人よしだ。
たぶん蘭華のことを年下の兄弟とか、そういう存在に重ねて同情してくれてしまっている。
善良なのは美徳ではあるが、だからこそ兄のような人間にいいように使われてしまうのだろうと、蘭華も燕星のことを哀れに思った。
養父と同じ、どうしようもないお人よしの、巻き込まれ体質。
肩に食い込む指の力に――それでもどこか、懐かしいような心地がして。
自然に口角が上がってくるのを隠すように、蘭華は軽口を叩いた。
「そう感じる人もいるかもしれませんね!」
「おい面倒だと思ってるだろ」
適当にあしらおうとしたのが速攻でバレてしまい、蘭華は気まずそうにへらりと笑った。
それを見て、燕星は気が抜けた様子で嘆息する。
「二度とこういう真似をするな。何のための護衛だと思ってる」
「やー、でも、私の腕と燕星さんの腕、どっちが値打ちがあるかって言ったら」
「…………」
「か、顔がこわい!!」
蘭華が悲鳴を上げた。
腕がなくなるのは恐れないくせに、俺の顔を恐れるのはどういう了見だと、燕星が蘭華の頭を掴んでぐりぐりと揺さぶった。




