17.いえいえ、後宮で間違いありませんよ
夜更けに、荷車を引いて歩く男が六人。
本来は牛が引くはずのそれを、人間が引いていた。後宮を出たその荷車は、えっちらおっちらと重そうによろめきながら、一軒の屋敷に到着する。
門扉を叩く。屋敷の中から男が現れた。荷車を引いている男と一言二言、言葉を交わす。
屋敷から現れた男が、荷車の中身を確認する。反物がたっぷりと積まれており、大ぶりの葛籠もいくつか積まれている。
その様子に満足した様子で頷くと、手近なところの反物を手に取った。
広げて見聞した後で、再び巻いた反物を荷車を引いていた男に手渡し、次に葛籠の蓋に手を掛ける。
丁寧に折りたたまれたきらびやかな錦に、自然と口角が上がった。
反物を手にした男が踵を返して屋敷の門をくぐった、その瞬間。
「何をしている」
燕星が、そう声を掛けた。
屋敷から出てきた男も、荷車を引いていた男たちも、一斉に燕星に視線を向ける。
夜更けに突然現れた見知らぬ男を怪しむのは当たり前だが……それにしては少々、害意のある眼差しを向けていた。
「夜更けに荷運びか? まさか夜逃げでもあるまい」
燕星が淡々とした口調で言う。その表情は無愛想で、切れ長の瞳は夜のように黒々としている。
表情からは何を考えているのか分からない彼と――腰に佩いた刀に、男たちの間にさらに緊張が走った。
「いえいえ。遠方からの宛先間違いで、荷車が遅れましてな。やっと届いたもので、積み荷を確認していただけですよ」
「遠方? この荷車は後宮から出てきたはずだが」
「そんなはずは。見間違いでは?」
「いえいえ、後宮で間違いありませんよ」
声がした。
その声は――葛籠の中から、聞こえていた。
上にかぶっていた錦を脱ぎ捨てて、蘭華が顔を出す。
不敵に笑いながら、葛籠の中で立ち上がった。
「だって私、後宮の中で葛籠に隠れましたから。こんなにたくさん、換金性の高いものばっかり後宮から運び出して一体どうするつもりです? ……あれ、あれあれあれ〜〜?? このお屋敷は~……」
その言葉に、さらに一段、場の空気が張り詰めた。
葛籠の隣に立っていた男が、荷車の外に控えている男たちに告げた。
「――やれ」
荷車の外にいた男たちが一斉に、燕星に飛び掛かった。
「おら、お前はこっちだ」
そう言いながら、葛籠の隣にいた男が蘭華の腕を掴む。
蘭華は少女の中でも小柄であった。男の力にかなうはずもなく、葛籠から引きずり出されて引き倒されてしまう。
だがその程度は、蘭華の予想の範囲内だった。懐に忍ばせた小刀に手を伸ばす。
「え」
荷車の床に引き倒された蘭華と――男の眼前に、影が落ちる。
刀を手にした燕星が、ゆらりとそこに立っていた。
蘭華は少々驚いて彼を見上げた。思ったよりも早かった。
これは嬉しい誤算だ、とにやつきかけて……燕星の表情に、浮かびかけた笑みを引っ込めた。
普段と変わらぬ愛想のない顔つきがやけに、恐ろしく感じたのだ。
「お前ら、どうし、」
蘭華の腕を掴んでいた男が、外で燕星の相手をしているはずの仲間の姿を探して、燕星の背後に視線を向ける。
だがそこには――六人の男が倒れているだけだった。
ただ一人残された男は、倒れる仲間に釘付けになる視線を何とか引き剥がして、目の前の燕星を見る。
どっ、どっ、と、心臓が耳のすぐ真横で鳴っているような心地がして、呼吸が浅くなる。汗が噴き出す。
目の前に立つ燕星は――刀を抜いてすら、いなかった。
我に返ったのは、蘭華が早かった。
男と同様に燕星の気迫に押されていたものの、一瞬早く気を取り直したのだ。
そして懐から小刀を取り出し――
「えい」
「いっ!?」
自分の腕を掴んでいる男の手の甲あたりを、勘で突っついた。
瞬間、燕星が一歩踏み込む。左手に握った刀の柄で男の顎を思い切り打ち抜き――右手で蘭華の首根っこを掴んで、自分の方に引き寄せた。
一拍置いて、男の身体がどさりと倒れる。
蘭華を背後に庇うようにして再び刀を構えた燕星だったが、男が泡を吹いているのを見て、構えを解いた。
くるり、と振り向く。
小刀を手に縮こまっている蘭華を見下ろす燕星の目があまりに恐ろしく、蘭華は思わず「ひ」と小さく声を上げた。
すっかり小さくなっている蘭華を、黙って見下ろす燕星。
小柄で痩せぎすで、男なら首根っこを掴むだけで簡単に持ち上げられるくらいに、か弱い。
その様に、燕星の中で何かが切れた。
「女子どもが無茶するな!!」




