16.つまり私のお金です
「それはそれとしてですね」
蘭華が先ほどとは違う帳簿を一冊手に取った。ぱらぱらとめくり、その数字を追いかける。
「着物や装飾品は持ち込みが多いって言ってましたよね」
「ああ。女官の制服や消耗品に近い肌着あたりは違うだろうが」
燕星の回答に、蘭華は頭の中でそろばんを弾く。
女官の数は千名弱。妃は身分は様々だが、合わせて百人程度。合計で千人前後。
衣料費として計上されるのは、女官の制服と肌着、あとは持ち込まれた着物の修繕にかかる費用あたり。
弾き出した金額と、手元にある帳簿の金額。
何度計算してみても、帳簿の数字は合っている。だが、蘭華には違和感があった。
「……多すぎます」
「何?」
「特に衣料品。基本妃や妃が自分の家から持ち込んだものや親類に贈られたものを身に着けているのだとすれば、こんなにかかるはずがない。ひと月で絹五十斤も何に使うんですか?」
蘭華が見てくださいと帳簿を突きつけてくる。確かに絹五十斤と記されていた。その価格は蘭華でなくとも目玉が飛び出るようなものだ。
「あと修繕費。これだけの回数修繕工事が計上されているのに、日が当たる柱の朱は褪せていたし、床の一部が軋んで鳴っていました」
「経年劣化じゃないのか」
「帝のお越しがあるのに、放置しますか? 普通は何を置いても、一番良い状態にしているはずでは?」
蘭華の反論に、燕星が口を噤む。
確かにそうだと感じたからだ。
ぐしゃりと、蘭華の握った帳簿に皺が寄る。
彼女は苦々しげに、ひどく悔しそうに……そして重苦しく、だがきっぱりと言った。
「抜かれてます。お金」
○ ○ ○
そこからはほぼ作業と言ってよかった。衣料品の発注の内金額が多いものを探して集めて、違和感を探る。
帳簿を手に取って斜めから覗き込み、蘭華が言った。
「ここと、ここ。数字が書き換えられてますね」
「……よく分かるな」
「分かりますよ。墨の色が違いますもん」
蘭華が言いながら、燕星に帳簿を手渡す。
先ほど蘭華がしていたのを真似して、水平に掲げた帳簿を斜めに見るように動かしてみると……確かに、一度文字を書いた後に上からなぞるように別の文字が書かれているところは、わずかに色が違う墨が重なっている。
二重書きをして数字を書き換えたのだ。
「あとこれは一を五に書き換えてますね」
「どうして一と分かる」
「普通『五』を書くには一番上の横棒から書き始めるじゃないですか。でもこれ、墨の重なり順から言って真ん中の横棒が最初に書かれてるんです。長さもちょっと不自然だし」
そうして、違和感のある取引の帳簿に印をつけていく。
真剣な顔で帳簿を見ている蘭華の横顔を、燕星が変わったものを見るような目で眺めていた。
宮中には教養のある女は多いが、こういったある種うらぶれたことに詳しい女人というのが珍しいものに思えたのだ。
真面目に帳簿を見ていた蘭華が、呟く。
「帳簿の書き換えなんてよくあることです。こんなに多額の公金が動いてるのに、管理体制に難アリですよ」
ぶつぶつと吐き捨てるように言う蘭華。
それが「よくあること」なところに、蘭華の生きてきた軌跡を見たように感じた。
帳簿を追っていくと、だんだんと事態の全貌が見えてくる。
帳簿の書き換えや不自然な発注が行われている日の翌日には、必ず御殿の修繕工事が行われていたのだ。
修繕の方は、一回一回の金額は大したことはない。書かれている件名も、やれ板の間の毛羽立ち取りとか、やれ扉の滑りをよくするとか、そういった「急いで直す必要のない」小さな修繕ばかりだった。
逆に言えば……修繕が実施されなくても、分からないような内容ばかり。
点と点が線になっていく。
最後の帳簿を閉じ直した蘭華が、言う。
「いいですか、燕星さん。これは税金です」
「そうだが」
「つまり私のお金です」
「それは同意しかねるが」
だん!
蘭華が勢いよく足を踏み鳴らして、立ち上がった。
硬く握られた拳が、おおよそ子女らしくないその振る舞いに輪をかける。
「私は、私のお金を無駄遣いされるのが、この世でいっちばん嫌いなんです!!」
蘭華が雄たけびを上げた。
燕星は「何を大声で叫んでいるんだろうこいつ」と思った。
そんな燕星の冷めた目など気にも留めずに、蘭華が部屋の外へ向かって歩き出す。
「潰しましょう、燕星さん」
奥歯の間から絞り出すような、低い声だった。




