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偽物帝の後宮暮らし ~暗殺寸前の帝の影武者になったので、ついでだから後宮改革してみます~  作者: 岡崎マサムネ


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15.このままだと暗殺者を見つける前に憤死します

「……燕星さん、私気づいちゃったんですけど」

「何だ」

「後宮ってめちゃくちゃ金食い虫じゃないですか?!」


 後宮から引き上げてきた蘭華と燕星は、帝がこっそりと用意させた隠れ家に帰ってきた。

 帝の今後を想うとさすがに毎日秋の宮に通うわけにもいかない。作戦会議のためにもと宮中からほど近いところに小さな屋敷が用意されていた。


 一抱えもある帳簿を端から端まで舐めるように見た蘭華が、くわっと表情を険しくして叫ぶ。


「衣服に食費に修繕費に消耗品、妃や女官の給与まで!! 兄さんが国家予算の五分の一とか言ってましたけどこれ五分の一じゃ済んでませんよ!!」

「後宮内にいる妃と女官は会わせて千人にもなる。加えてあの規模の御殿の管理だ。ある程度費用が掛かるのは当たり前だろう」

「なんたる、なんたる……!!」


 蘭華は声にならない悲鳴を上げながらその場に突っ伏し、だんだんと拳で床を叩きつけた。


「なんっっったる無駄遣い!!」


 蘭華など、というか蘭華のいた白家など、二十金あれば月の食事には困らなかったのに。


「無駄と言うな。必要経費だ」

「そりゃご飯食べるなとは言ってませんよ! でもだからってこんな、」


 ぽろり、と蘭華の瞳から涙が零れた。

 ぎょっと燕星が目を剥く。

 泣いていた。


「毎日毎日白米食べて!」

「貴族ならそんなものだろ」

「鮑をこんなに買い込んで!!」

「お前も食ったくせに」

「ひ、氷菓子まで!! うらやましすぎるぅ!!」


 わんわんと泣き崩れる蘭華。

 年頃の乙女が、後宮の金遣いが荒いという理由で悔しさに顔を歪めて泣いていた。


 それを目の当たりにした燕星は引いていた。

 ドン引きであった。


「服だって何で絹五十斤も買ってるんですか!?」

「知らん、俺に聞くな」

「だいたいここ計算間違えてるし!」

「それは印をつけておいてやれ」


 勢いよくそろばんを弾いた蘭華が朱書きで数字を訂正した。

 その勢いのまま帳簿を閉じて、他の帳簿の上に重ねる。

 悔しそうに唇を噛み締めて、今にも歯ぎしりをして地団駄を踏み出しそうだった。


「許せない、私のお金ですよ!」

「お前の金じゃないだろ」

「うちの領地が治めた税金です! 血税です! つまり! 私のお金!!」

「お前のではない」


 燕星が訂正した。

 別に蘭華の金ではない。だが、燕星の声は蘭華には届いていないようだった。


「それをこんなにじゃぶじゃぶと、湯水のように……あああ、どうしましょう燕星さん、私気絶しそうです!!」

「その方が静かでいいな」

「真面目な話をしてるんですよ!!!!」


 今度は聞こえていたようで、蘭華がギッと燕星を睨みつけた。

 燕星が軽く肩を竦めると、蘭華はぐるると野犬のように唸りながら、帳簿の山に視線を戻す。


 蘭華は金が好きな少女だった。言い換えれば、金の重みを知る少女だった。

 だからこそ目の前で雑に公金が使われているのが許せなかった。

 そしてぎゅっと拳を握り込んだ蘭華は……一つの結論に至る。


「決めました。節約しましょう」

「は?」

「私が後宮のお財布の管理をします」

「そんなこと出来るわけが」


 蘭華がすっくとその場に立ち上がった。

 そしてしゃんと背筋を伸ばして、低い声で言う。


「余は帝だぞ? 本来後宮の主たる正妃が決まっていないのだから、余が取り仕切って何が悪い」

「…………」

「と、帝が仰せだと言ってください」

「俺に言わせようとするな」


 燕星が眉間に皺を寄せてため息をつく。

 燕星は貴族の次男坊。蘭華のように養子ではなく、生まれも育ちも正真正銘の貴族である。だからこそ蘭華のこだわりが理解できなかった。

 それよりも大事なことがあるだろうと首を横に振る。


「俺たちは暗殺者を探しに来てるんだ、そんなことをしている暇は」

「このままだと暗殺者を見つける前に憤死します」


 蘭華が真顔で言った。

 まっすぐな瞳であった。

 そんなことで憤死するな、と燕星は思った。

 そして同時に――蘭華にとっては「そんなこと」では済まないのだと、うっすら感じ取った。


「一緒にこの後宮の無駄を削減しましょう!! 目指せ、緊縮財政!!」

「恨みを買いそうだが」

「どうせ暗殺されるんで!」


 蘭華が乾いた声で笑った。

 笑いごとではない。


「どーせ影武者しなきゃいけないなら、後宮の中では好きにさせてもらいます! ここでは余が! 帝! なので!!」


 えへんと胸を張る蘭華。

 その様子を見て、燕星はこめかみのあたりを押さえてまたため息をついた。


 あの兄にしてこの妹、筋金入りの守銭奴。多分だが自分には御せないと、燕星は悟る。

 もはや諦めの境地であった。


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