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偽物帝の後宮暮らし ~暗殺寸前の帝の影武者になったので、ついでだから後宮改革してみます~  作者: 岡崎マサムネ


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13.まだまだ、貴女には利用価値がありますからね

 身体が重い。咳が止まらない。自分の身体は熱いはずなのに、寒気がする。

 お腹が空いた、視界が揺れる。


 掛けられた布団は申し訳程度のもので、敷布団もほとんど意味をなさず、床の固さが身に染みていた。どういう向きで寝てみても、筋と骨ばかりの身体が痛む。

 普段だってそうなのだから、体調が優れないときなどなおさらである。


 これは蘭華が、幼い頃の記憶だ。

 物心ついたときには親がいなかった。兄と二人、同じように身寄りのない子どもたちと、肩を寄せ合って何とか糊口をしのぐ日々だった。


 食うや食わずの暮らしで、蘭華は調子を崩すことも多かった。十分に栄養が取れていなかったのだから仕方ないが、今よりもずっと身体が弱かった。

 食事にだって困る生活だ。薬など買えるはずもない。

 生きているのがやっとで、生きながらえているのが奇跡だった。


 兄は他の子どもたちと日銭を稼ぎに行っていて、蘭華は一人。

 咳の音と隙間風の音だけが、世界に満ちていた。

 そこに突然、どたばたと人の走る音が近づいてくる。


「君、大丈夫か!」


 蘭華たちが暮らすあばら家に、男が転がり込んできた。

 髪は乱れているし、肩で息をしているが――身なりが良い。高そうな服、と、熱で朦朧としながらも思ったのを覚えている。


「ええと、医者! いや、薬か?」


 蘭華の肩を揺する。骨が床に当たって痛い。

 大きくてごつごつとした手のひらが額に触れて、そしてまた慌てた様子で立ち上がり、家の外へと駆け出していく。


「蘭華」

「兄さん」


 その男と入れ違いに、兄が戻ってきた。

 わずかに男の去り行く方を視線で追って、蘭華に向き直る。いつもの何を考えているとも知れない笑みを浮かべていた。


「あのひと、だれ」

「それが、ですね」


 蘭華の兄が、擦り切れた草履を脱いで家に上がる。


「何でも、私を引き取りたいのだとか」

「……え」

「貴族の――白家の人間のようなのですが。街で悪どい商人に割の悪い商売を持ち出されていたところに割って入ったら――」


 蘭華はぼんやりとした頭で、兄の話を聞いていた。

 兄が算術や読み書きが出来ること。このあたりの子どもたちに読み書きを教えていること。

 そして、商売に関する知識と、騙されている自分を助けようという正義の心。

 それにいたく感動した貴族の男は、兄を養子に迎えたいと言い出したのだという。


 蘭華には分かった。

 これはすべて、兄の作戦だ。


 兄はいつかここから抜け出すときを、虎視眈々と狙っていた。

 自分の得意分野で聡明さを、恵まれない環境でも屈せぬ心を、弱き者を助ける高潔さを。

 目の前に好機がやってきた、今日この時。準備してきたすべてを使って、兄は貴族が好みそうな子どもを演じてみせたのだ。

 蘭華には、それがよく分かっていた。


「いい、よ」


 だから、蘭華はそう言った。


「わたしのこと、おいてって、いいよ」


 兄にとって自分は足手まといだと思ったのだ。

 貴族が欲しいのは兄だ。健康で、五体満足、頭が切れる。そういう子どもだ。

 蘭華には何もなかった。せめて健康でさえあれば、何でもしますと言えたのに。何の病気を持っているか分からない子どもなど誰だって迎え入れたくないだろう。

 悔しさに唇を噛みながらも――私、もう死ぬかもしれないし。

 病で弱気になって、そう言った蘭華に。


「何を言うのです」


 兄はきょとんと、首を傾げた。


「いいですか蘭華。ここで病床の妹を見捨てては台無しです」

「は?」

「貴族から養子縁組を持ち掛けられても、『妹を置いてはいけない』と言う人間の方が、感じが良いに決まっているでしょう」

「はぁ??」

「貴女も一緒に行くんですよ」


 蘭華の兄が、そっと蘭華の頭を撫でた。

 その唇には、にやりと含みを持った笑みが浮かんでいる。


「まだまだ、貴女には利用価値がありますからね」


 そう言った兄を、蘭華は睨みつけた。

 病床の弱った妹にそんな言い方をする人間はどう考えても感じが悪い。


 だが、ここで連れて行ってもらわなければ、蘭華は遅かれ早かれ死ぬわけで――結果的には助かった、と思うべきなのだろうが。

 それでも、悔しい。


 蘭華には何もなかった。だからこうして、都合よく利用されることしかできない。

 蘭華はぎりぎりと歯ぎしりをした。

 置いていっていい、なんて殊勝なことを言った自分を恨んだ。もはや黒歴史だ。この兄さん相手にそんなことを言ったって、一銭の得にもなりはしないのに。


 次にこんなことがあったなら――「お願いだから一緒に来てください」と、そう言わせてやらないと気が済まなかった。


 ○ ○ ○


 ――目が、覚めた。

 気付いたら広間でそのまま寝してしまっていたようだ。


 燕星か、志勇か、誰かが寝所まで運んでくれたのだろう。後宮の布団は蘭華の家のものよりも何倍もふかふかだった。

 ここでも格差社会を感じて切なくなる。


 高級寝具にもかかわらず夢見が悪かったが――原因は明らかだった。

 昨日、食べすぎた。まだ胃が重い。

 蘭華はお腹を摩りながら……ふっと小さくため息を漏らす。


「……幸せだなぁ」


 まさか、満腹で苦しむ日が来るなんて。





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