12.ちょっと帝の風評被害がアレしそうな気がする
蘭華は食事を終えて、ひとつ息をつく。言われるがままに本当に遠慮なく食べた。
何なら食後の甘味までいただいた。いやぁおいしかったと、蘭華は大満足で腹をさする。
甘味を摘まんで茶を飲みながら、蘭華は志勇に自身の潜入の目的をざっくりと説明した。
父の粗相を挽回するため、帝の影武者を買って出たこと。ここには帝の暗殺を企む狼藉者を探しに来たこと。
一通り話を聞いて、志勇は顎に手を当てて頷いた。
「ふむ、ということは、お前たちも帝を守ろうとしているのだな」
「まぁそういうことになりますね」
「では俺と目的は同じというわけだ。仲間だな!」
蘭華が頷くと、志勇は朗らかにそう言い切った。
そのレベルの変装でイケると思っている人間と仲間呼ばわりはちょっと……とか、目的が同じもの同士が仲間とは限らない……とか思いつつも、この場合は味方につけておいた方がいいだろう。
そう判断して、蘭華はにこにこと微笑んで肯定も否定もしなかった。
蘭華の無言の微笑を勝手に都合よく受け取って、志勇が言う。
「もし困ったら秋の宮に通ってくれればいい。ここは安全だ」
同意を求める志勇に、女官たちももちろんですと返事をする。
後宮に通うということは、基本的に妃の誰かと夜をともにしなくてはならない。いつ寝首を掻かれるか分からない状態では休まるものも休まらなくなってしまう。
そういう意味では志勇の申し出は大変ありがたいものだった。
……ただ、一つ。
「ここに連日通ってると、ちょっと帝の風評被害がアレしそうな気がするんですよね……」
この問題を度外視すれば、である。
ほかの美しい妃を差し置いて、どう見ても男の妃の元に通い詰める帝。
ちょっとなんか、ダメなんじゃないだろうか。それが蘭華の主観であった。
だが志勇は蘭華の言葉の意図が伝わらなかったらしく、はてなと不思議そうな顔をしている。
「何故だ」
「何故って、ねぇ」
そう言って燕星に同意を求めるが、燕星はわずかに眉間の皺を深くしただけで、つんと澄まして返事をしてくれなかった。
何でだよ。さっきまでめちゃくちゃ饒舌だったじゃん。
志勇の話を聞くと、帝を守るために一月ほど前から後宮に潜入しているとのことだった。
一月分の情報は聞いておく価値があると判断して、問いかける。
「誰が怪しいとか、あります?」
「俺もまだ来たばかりで調査中だが」
志勇が目くばせすると、女官の一人が書類を持ってやってきた。
「もし暗殺者を送り込むなら、帝に近い者にするだろうな。機会は多いに越したことはない。まずは他の四季の宮について下調べをしていた」
「そこはまともなんですね」
広げられた書類には、春の宮、夏の宮、そして冬の宮についての情報が記載されている。
春の宮の家名には覚えがあった。それまでは存在感が薄かったが、最近茶の輸入で大当たりして話題になっていたからだ。
傷んだ茶葉に付加価値をつけて返って高く売りさばくとか、その商魂やよし。政治の才よりも商才があるタイプだと蘭華は睨んでいた。
大広間で対面した時にも、御簾越しでもたいそうな美人であることが分かった。
御簾越しでよく見えないのに即バレしている秋の宮のヤバさが際立つともいえる。
帝の寵愛を受けられるとなればその価値は値千金、いや数十万金はくだらない。家一番の美人をよこすのが当然だ。
いや、どこかから美女を攫ってきて養子にしてでも後宮に送り込むかもしれない。
蘭華だったらそうする。蘭華の兄でもそうするだろう。
春の宮の書類をめくっている蘭華に、志勇が他の二人についても簡単に説明する。
「冬の宮は先々代の帝の血縁者だ。後宮に長くいると聞いたことがある。夏の宮は……陰陽寮の関係者だそうだ。おそらく黒家の出身だろう」
志勇が指さす資料を手に取って、目を通す。
帝の血縁者と言えば、身分は一級も一級だ。ここに長くいるということは少々年が嵩んでいるのかもしれないが……それを補って余りあるほどの身分ということか。
陰陽寮は蘭華にはなじみのない場所だった。蘭華も兄も、あまり占いの類を信じていないからだ。
だが歴史ある貴族ほど占いを大切にしているというのは知っている。貴族に対してかなりの影響力を持っていることは間違いない。
大金持ちに、一級の身分に、政治的影響力。
それぞれに違う強みがあり、正妃の座を争うことになるのも頷けた。
頷けたが、そうするとどんどんとこの秋の宮が異質なものに思えてくるから不思議である。どうして四季の宮に滑り込めたんだろう、この人。
現実逃避しかけた頭を引き戻して、蘭華は志勇に問いかけた。
「何か、不審な動きしてた人とかは」
「不審……」
志勇が顎に手を当てて、何かを思い出すような仕草をする。
しばらくうーんと唸った後で、真剣な表情で重苦しく、言った。
「全員、とても小柄だ」
「あ、はい」
「手首などこのくらいしかない」
「はい」
「人を殺すなど無理ではないか?」
「かるたでもします?」
諦めた。
蘭華は適当に言ってみただけだったのだが、女官のひとりが本当にかるたを持ってきた。
興じてみたところ、それなりに白熱して——気づいたら、夜が更けていた。




