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偽物帝の後宮暮らし ~暗殺寸前の帝の影武者になったので、ついでだから後宮改革してみます~  作者: 岡崎マサムネ


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11.燕星さんがしゃべった!!

 ほどなくして、志勇たちが食事を持って現れた。

 ふわりと香る出汁の香りに、蘭華の腹がくうと鳴る。

 今日は朝にニビルの味噌汁と粥を流し込んだだけだった。


 出汁など最近貴族に流行り始めたばかりじゃないか、と蘭華は心の中で手拭いを噛む。

 以前奉公に行ったお屋敷の賄いで出がらしをもらっただけでもうまかったのに。きっとこれ出がらしじゃない。


 なお、この際蘭華も一応は貴族であることは差し置くものとする。言うまでもなく普段の食生活は庶民並みだからだ。

 いかにも貴族らしく、品数の多いおかずと高く盛られた白米の膳が蘭華の前にことりと置かれる。


 食欲をそそる香りにすぐにでも飛びつきたいところだが……一応、本当に一応とはいえ、帝である。

 燕星の毒見を経てからでないと食べてはいけない。


 燕星の前にも同様に膳が置かれる。燕星が箸を取り、まずは吸い物の中に浮かんだ鮑を箸でつまんだ。

 蘭華がごくりと息を呑む。そのひと切れで五十金はしますよ、燕星さん。

 燕星が鮑を一口齧る。


 カッと目を見開いた。

 そのあまりの形相に、蘭華は咄嗟に身構える。何故ならこれまで燕星は基本的に無表情か、眉間に皺を寄せるかしかしていなかったのだ。

 こんなに派手な反応をするのは初めてである。


 え。まさか本当に、毒?

 このふざけた女装で、私たちを騙そうと?


 燕星がそのまま椀に口をつけて、汁を啜る。

 ごくりと飲み下して、一拍の沈黙。

 そして、叫んだ。


「うまい!!!!」

「は?」


 蘭華は燕星の横顔を凝視した。

 だが燕星は凝視されていることなどまったく意に介さない様子で、椀を手にわなわなと震えている。

 毒を食らって震えているのかと思いきや、うますぎて震えているのであった。


「しっかり煮ているのに簡単に噛み切れるほど柔らかい鮑に、それを引き立てる出汁の風味! 双方が調和し互いに互いを引き立て合っている!!」

「燕星さんがしゃべった!!」


 思わず蘭華は声を上げた。

 これまで無口だった燕星が突然ぺらぺらと喋りはじめたのだ。驚くのも無理はない。


 そんなにか。

 そんなにうまいのか。


 倒れる様子がないどころか、次は焼き魚の皮をぱりぱり割いて頬張り、感動している燕星。

 もう毒とか大丈夫だろうどうせ念のためだし、と、蘭華も箸に手を伸ばした。


 燕星の真似をして、まずは汁椀を手に取る。

 まずは汁をひとくち啜る。それをこくりと飲みこんで、具の鮑(五十金)をひとくち。

 もぐもぐと咀嚼して、飲み込んで。

 蘭華の唇が小さく震えて、そして。


「けっこんして……」


 と、ほとんど吐息のような声をこぼした。

 その反応に、志勇が口元に両手を当ててきゃっと声を上げた。まさしく乙女の反応であった。周りの女官たちも「やりましたね坊ちゃま!」と喜んでいる。


 だがそんなもの気にならなくなるくらい……咄嗟に求婚してしまうほどに飯がうまかったのである。


 蘭華は口をつけた椀を見下ろす。

 澄んだ出汁には蛤の味がよく出ているのに、具の鮑にもきちんと味が残っている。添えられた木の芽は後味をさっぱりとさせるだけではなく、季節の移ろいを感じられて目にも楽しい。

 どれもこれも、一級品。


 蘭華は見たものの価値を瞬時に計算できる。食事でも例外ではない。食材や調理にかかる手間暇を勘定に入れれば、だいたいの価値が算出できる。


 もちろん、食べる前からうまいことは予測できていた。出来ていた、はずなのに。

 なんだこれ、うっま。


 その衝撃は予想していた値段なりのものを大きく超えていて。

 ひとくち食べてその値札をかけ替えざるを得なくなった。膳の上に揃った料理の価値が、ぎゅんと上昇する。


 これは帝への謁見の時に出された食事よりも――上だ。

 ばっと顔を上げる。視線の先で、にこにこと志勇が微笑んでいた。


「たくさん食べてくれ!」


 そう嬉しそうに言う志勇に頷き、蘭華は焼き魚にも箸を伸ばした。


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